「先生、どうですか?」
「問題ありません。完治です」
医者の先生は俺に聴診器を当てながら、断言する。
力強いその言葉に安心する。
医者は専門家として、簡単に『完治』と断言しないだろう。
だからこそ、患者は安心する。
そんな信頼できる先生だが、どうしても聞きたいことがあった。
「とこで気になっていたんですけど……」
「構いませんよ。何度でも聞いて下さい。全てお答えします」
先生はいつものように、ニコニコしている。
何度も聞いた質問なので、うんざりしているだろうに、少しも顔に出さない。
そういうところは結構尊敬している。
……もしかしたら、話したいだけなのかもしれないけれど……
話すとき、イキイキしていたし……
遠慮は不要か。
そう思って思い切って聞いてみる。
「先生って、本当に聴診器で全部わかるんですか」
「はい」
「だって、ただの水虫ですよ?」
「もちろんわかりますよ。
聴診器を当てて耳を澄ますと、全てが聞こえてきます」
「うーん」
いつもの質問、いつとの答え。
だけど、俺の脳みそは『ありえない』と言っている。
俺は頭が硬いのだろうか?
信頼はあるが、そこだけどうしても信じられない。
「やっぱり信じられませんか?」
「ええ、まあ……」
「では使ってみますか?」
「え?」
予想外の提案に動揺してしまう。
「でも迷惑が……」
「構いませんよ
あなたが最後のですからね」
先生の言葉を受けて思案する。
「では少しだけ」
好奇心が勝り、提案を受け入れる。
先生は俺の答えに満足したように笑い、聴診器を渡してきた。
見様見真似で、聴診器を耳に当てる。
「では、足に聴診器の丸い部分当ててください」
先生の指示通り、足に当てる。
だが、何も聞こえなかった。
「先生、何も聞こえないです」
「無理もありません。
彼らの声は小さいですから……
もっと、耳を澄ませてみてください」
『彼らの声』?
訝しながらも耳に神経を集中し、耳を澄ます。
すると確かに、何かの音が聞こえ始めた。
これは……声?
何を言っているか、さらに集中する。
「水虫の奴らは全滅した。
繰り返す、水虫の奴らは全滅した。
直ちに傷んだ皮膚の修復に当たれ」
聞こえてきた物に驚き、思わず先生の顔を見る。
「聞こえましたか?」
俺は無言で首を縦にふる。
「私はその声を聞いて、治療の方針を決めているんですよ」
「なるほど。疑ってすいませんでした」
「いえ、気にしてませんから」
先生は、相変わらずニコリと笑う。
どういう原理かは分からないが、実際に体験した事は否定できない。
世の中、不思議な事があるもんだ。
「そうだ、せっかくなので他の部分も聞いて下さい」
「そうですね。次の機会があるかはわかりませんし」
先生の言葉につられ、調子に乗って体の色んな部位に丸い部分を当てる。
そして耳を澄ますと……
「こちら肺、タバコによって既にボロボロです。救援を」
「こちら肝臓。酒を送るのは止めてくれ。酷使されてもう限界だ。休養をくれ」
「免疫薄いよ、なにやってんの。
え、寝不足?なら寝かせろ」
「こちら脳。駄目です。ずっと眠気を出しているのに寝ません。絶望的です」
聞こえてきた体の悲鳴に、耳を疑う。
「聞こえましたか?」
自分はその質問に黙って頷く。
先生はニコニコしていたが、妙に迫力があった。
「それはまごうことなき、あなたの『体の悲鳴』です」
「はい」
「確かに水虫は完治しました」
「はい」
「ですが他の部分は駄目です」
「はい」
「相談内容は水虫の治療なので、他が悪くてもアレコレあなたに指図する権限はありません」
「はい」
先生は相変わらず笑顔のまま……
だが、その笑顔が怖い。
「そして私はあなたに『体の悲鳴』を聞かせました。
言いたいことは分かりますね」
「はい」
「よろしい。その聴診器は差し上げますので、ご活用ください。
ああ、聴診器のお金は取りませんから、安心して下さいね」
「はい」
先生の言葉に頷きながら、自分の体の事を考えていた。
俺の体はそんなに追い込まれていた事を全く知らなかった……
彼らの悲鳴が今も耳に残っている。
これからは体をいたわり、もっと体の声に耳を澄まそう。
聴診器を握りしめながら、生活習慣の改善を誓うのであった。
5/5/2024, 12:57:48 PM