燈火

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【自転車に乗って】


自分の足で漕ぐ、地下鉄で七駅分の距離。
遠いはずなのに、職場を目指す三十分よりも短く感じる。
心が急いても安全運転を第一に。焦る必要はない。
もうすぐ彼に会えるのだから。

信号待ちで時間を確認すると、彼からの連絡に気づいた。
〈駅まで迎えに行くよ。いまどの辺?〉通知は五分前。
〈ごめん、電車使ってない〉すぐに返事がきた。
〈免許持ってたっけ?〉〈いやケッタ〉〈ケッタ?〉

〈ケンタッキーの略?〉全くもって的外れな推測。
でも本来の意味よりそれらしくて笑ってしまう。
〈自転車のこと〉〈言わんて。どこの方言だよ〉
続けて、不満げな表情の柴犬スタンプが送られてきた。

〈ゆっくりでいいから安全に来てよ〉信号が青に変わる。
りょーかいと笑顔で敬礼する男の子スタンプを返した。
また漕ぎ出し、最寄り駅より近くなった彼の家を目指す。
顔を見て話せるまであと少し。

午前中に着く予定だったが、結局着いたのは昼過ぎ。
先に連絡するか、インターホンを押すか。家の前で悩む。
チラッとスマホを確認すると〈二階〉と通知が届く。
見上げれば、窓から顔を出した彼が手を振っていた。

「いらっしゃい。どうぞ」扉を開け、招き入れられる。
いつ来ても、ここは柔らかい匂いで満ちている。
「疲れたでしょう。ちゃんと電車使いなよ」
私の前にお茶を置き、対面に座る彼は呆れ顔で笑う。

それから緊張したような面持ちになって、口を開く。
「あの、さ。もし嫌じゃなかったらなんだけど……」
遠いとたまにしか会えないし、と言い訳みたいに呟いた。
素敵な未来はすぐそこに。

8/15/2023, 6:44:09 AM