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 あれから3ヶ月。ようやく、父の部屋に着手する気になった。父が肌身離さず持っていた鍵を使って、扉を開けると、久々に、キィという音を聞いた。
 中を見た。そのまんまだ。あの頃のまま。私が夕食の呼び出しをして、父が原稿のキリが良くて、すぐに部屋から出てきた時、隙間から見えていた部屋のまんま。 
 初めて入った。絶対に入るなと言われてきたから。中は古い本の匂いがして、埃っぽかった。
 掃除は案外簡単だった。価値のないものは置いてなかったから、私が欲しいものか、古本屋や骨董屋に売るものか、分けるだけで良かった。
 だいたい片付けてから、書斎机に取り掛かった。父の背中を思い出して、気が憂うから、最後にしたのだ。原稿の束を持ち上げたら、その下に、厚い革表紙の本があった。
 それは、日記だった。
 取材旅行と書斎の往復ばかりで、私に全然構ってくれなかった父。母は、父のそういうお堅いところが好きだから良いって、すべてを許していた。私も、そんな母の血を引いているからか、仕事人間の父は格好良いと思っていた。黙々と机に向かうその背中が好きだった。
 父とはなんの想い出もなかった。けれども、心のどこかで繋がっていたって、そう信じている。
 少し、気が引けるけれど、父のことを知りたくて、日記を開いた。

 なにこれ。取材旅行なんて嘘っぱちじゃない。だから、売れなかったんだよ。この薄っぺらい人間性が作品に出てるから、売れなかったんだよ。
 大嫌い。
 日記の中には、想い出がたくさん詰まっていた。私じゃない娘と、母じゃない妻との、想い出が。

11/18/2024, 11:57:50 PM