「誰にも言えない秘密」
『隠していることを言わないと出られない部屋』
見上げた先に掲げられていた文言を絶望的な気分で見つめた。彼に隠していることなんてひとつしかない。言える筈もないと、彼だけでなく誰にも言ったことが無い。彼は首を捻って此方を見た。「なんかあるか?」と聞かれてなんと答えたら良いのか分からなくなる。だが、先程まで二人で散々四方の壁に攻撃したが部屋はびくともしなかった。死ぬまで二人此処に閉じ込められているわけには行かない。いい加減に腹を括らなくてはならなかった。此処で彼を自分の巻き添えにしてしまうくらいなら、隠し事を吐いてしまった方が良い。彼には不快な思いをさせてしまうが、なるべく早く、忘れてくれると良い。大きくひとつ深呼吸をする。彼が気遣わし気に眉を寄せる。
「おい、クレア、大丈夫か?」
そんな風に俺を心配しないでくれ。罪悪感で死にそうになる。仕事ならどんな事でも言えるのに、これを口に出すのはひどく恐ろしく思えた。
「お前が好きだよ、ジャブラ」
到底彼の顔なぞ見られなかった。カチリと音がして壁の一部がゆっくりと小さく開いた。そこが扉だったらしい。俺の方が近かったのは幸いだった。剃で扉に体当たりする勢いで部屋を出る。出た先は見慣れた職場で、これ幸いと自室へ走った。しばらく顔を合わせられない。彼だって俺の顔なぞ見たくもないだろう。
扉が開くや否や部屋を飛び出して行った背中を呆然と見送る。扉が開いたと云う事は本当の事だったのだろう。否、この謎の部屋の力など無くとも、あんな顔をされれば疑う余地も無かった。不意を打たれて反応が遅れたが、告白にはきちんと返答を返さなくてはならない。いつまでもこのわけの分からない部屋に居る意味も無いので外れかけた扉を潜る。出た先は見慣れた職場だった。あの様子では行き先は彼の部屋だろうか。人の多いところには居なさそうだ。部屋の扉を叩くと返事があった。
「俺だ。開けてくれよ」
「……何の用だ」
「何って、まだ返事してねぇだろ」
ややあって扉が開く。
「お前のそういう真摯なところを好ましいと思っているよ。……廊下でする話じゃあないな」
そう言って部屋に迎え入れられる。此処に来るまでの間に考えていた。彼をそういう目で見た事は無い。だが、想像してみても嫌悪感は湧かなかった。彼が自分のどういうところを好いているのかも聞けた。クレアはさっきからずっと処刑を待っているような顔をしている。
「言うつもりは無かったんだ。あんな部屋さえなければ……。お前だって、不快だったろうに」
「なんでだよ」
「男だぞ、俺は」
「あ〜、なるほど」
確かにこれまで告白した相手は皆女性だった。そこに深い意味も無かったものだが、彼にとってはそうでは無かったのだろう。
「別に男だからダメだとかはねェよ」
クレアの顔が僅かに明るくなる。
「じゃあ、俺にも希望があるってことか?」
俄然声のトーンが上がるのに、彼の本気を感じて照れ臭くなる。
「試しで良い、付き合ってくれないか」
逃がさないと言うように腕を掴まれる。
「お、おう」
気圧されてしまって、そう頷くしかなかった。
6/5/2024, 1:47:54 PM