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宮沢賢治の物語で好きなものはたくさんあるが、中でも一等好きなのは「注文の多い料理店」だ。

このお話に出会ったのは、幼稚園の時。
旅先の蓼科高原のロッジ(父親の勤めていた会社が保有していた別荘)でテレビを観ている時に偶然かかった。
アニメーションではなく、紙芝居タイプの番組で、動かない絵に物語のナレーションがついているだけのシンプルな作りだったと思う。

何故、「思う」という言葉を使うかというと、当時の記憶を探るに登場人物たちが動いて見えていたからだ。
しかし、かつてルドルフとイッパイアッテナも動いて見えていたが、大人になって紙芝居だったと知り驚いた経験がある。その為、自信はない。

「注文の多い料理店」は当時の私にとって、素晴らしい物語だった。
蓼科高原で体験したことよりも、「注文の多い料理店」が旅先の印象として残ってしまうくらいに。

幼い時の私は、一度見たものを何度も頭の中で再生することが出来たので、何回も何回も繰り返し頭の中で物語を味わっていた。いつしか沢山の記憶の山に埋もれ細部が霞んでしまっても、物語を楽しんだ喜びだけは残り続け、今なお星のように輝き続けている。


さて、宮沢賢治といえば、雨ニモマケズや農民芸術概論綱要など素晴らしい言葉の数々を生み出しているが、私が好きな言葉は「注文の多い料理店」の序文にある。本当は序文全てが好きなのだが、中でもというところを引用する。

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これらのちいさなものがたりの幾いくきれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

『注文の多い料理店』序 宮沢賢治

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賢治先生が拵えてくれた「すきとおったほんとうのたべもの」を幼少期の澄んだ瞳をしていた時に食べることが出来たのは、今でも幸運だと思っている。


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澄んだ瞳

7/30/2024, 2:53:39 PM