「同情なぞ要らぬッ!」
道経はそう怒鳴り散らして稽古場から飛び出した。
地団駄を踏みながら渡り廊下を去ってゆく。
「道経さまに何を申されたのですか。」
木刀の手入れをしながら幸仁が問いかけた。
「べつに何も…。親父が死んでたいへんだろうから私の屋敷に来れば良いと申しただけだ」
不思議そうな顔をしてそう答えるのは直秀。幸仁の主人であり道経の稽古仲間である。
「何がそんなに気に食わんのか…。」
「直秀さまとは対等なご関係でいらっしゃりたいのでしょう。そのお気持ちは分かります」
幸仁はそう言って微笑んだが、直秀にはその気持ちがさっぱり分からぬ。
時に助け、時に助けられるのが人間というものであろうに…。
* * * * * * * * * * * *
「おい。これで機嫌を直せ。」
縁側で一人黄昏ていた道経に直秀が菓子を投げ渡す。
「それともこれも同情と云って受け取らぬか。」
「ふん。」
道経は菓子を受け取ると大口を開けて放り込んだ。
「不味い菓子だ。」
「助け合うのが人間の関係と云うものだ。」
直秀は道経の横に腰掛け、従者が蝋に火を灯すのを「すぐ帰るゆえ」と止めさせて云った。
「私の屋敷に来るのが良かろう。」
「同情は要らぬ。」
「同情が悪いか。」
「悪い。お前とおれは対等ゆえに、同情は要らぬ。」
幸仁とおなじことを云う… と直秀は思った。
「おれはお前の助けになってやりたいのだ。」
道経はゆっくりと直秀を見た。
そして直秀の真っ直ぐな眼差しをとらえ、諦めたようにふっと笑った。
「ならば、まいにち稽古終わりに先の菓子をくれ。それで十分だ。」
「不味い菓子で良いのか。」
「良い。」
「わかった。」
直秀は力強く頷いてその場を後にした。
「あやつの生真面目さには敵わんな…。」
そう云って道経はまた少し笑った。
【同情】
2/20/2024, 1:51:46 PM