せつか

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「ろうそくの炎には心を癒す効果があるらしいよ」
男はそう言って銀の燭台にマッチの火を近づけた。
オレンジとも赤とも言えない曖昧な色が薄暗い部屋でゆらゆらと揺れる。テーブルの中心に置かれたそれに、男は満足そうに頷くと、「君も座れよ」と言ってゆったりとしたソファに長身を預けた。

「飲むかい?」
ワインのボトルを開けながら男が問う。結構だ、と短く答えて横を向くと、小さく肩を竦めるのが目の端に映った。
「なぁ」
男の声に応えるように、ろうそくの炎が揺れている。艶のある低音は、心地よい響きとなって鼓膜をくすぐる。この声で名を呼ばれることを、何人もの女達が望んで、だが叶わなくて涙を飲んだ。
その響きが名を呼ぶのは、今は自分だけだ……。
「たまにはゆっくり、話をしよう」
弾かれたように立ち上がり、男からボトルを奪う。
自分を射抜く鋭い視線に、男は淡い色の瞳を揺らめかせるだけだった。

END

11/19/2023, 3:00:04 PM