蟹食べたい

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10/29 「もう一つの物語」

魔王が生まれ、気高い志と共に勇者が旅立ち、多くの犠牲を払い仲間とともに世界に平和を取り戻す。
侵略者が現れ、人々の願いに答えた古の兵器と共に、地球と人類の為に誇り高く戦い敵を打ち砕く。
エトセトラ、エトセトラ…
いうなればこれらはダイジェストだ。
歌として、物語として語られる時に伝わりやすいように、より活躍が際立つように、不要な部分を削り取って、重要な部分を脚色する。
そうして生まれ、紡がれたものこそが後に生きる人々の心を打ち、その志を継承するのだ。
しかし、そうしかしだ。
当然ながらそれらには語られない物語がある。
勇者の印象を落とさないためにあえて削られたもの。
歌や物語にする際伝えるまでもないと省略されたもの。
はたまた、ただ単に伝わることのなかったもの。
壮大な英雄譚の裏には語られることのない物語が数多く存在する。
そう、例えばこんなふうに。

「平行線、だな」
「端から分かり合うことなどできないと分かっていたそうだろ?」

向かい合うのは二人の男。どちらもその表情は硬く強張っている。
まるで、気を抜けば即座に命を取られる。そんな緊張感の中、二人の男はジリジリとその距離を詰める。

「一撃だ」
「手加減はしない」

達人同士の決闘は一瞬で決着する。
その原則はこの男たちにも当てはまる。
ゆっくりゆっくりと近づき、お互いの手が触れるほどの距離まで近づき同時にピタリと動きを止める。

「「うぉおおおお!」」

裂帛の気合とともに二人の男は無駄一つない動きでその拳を突き出した。

「「最初はグー! じゃんけんポン!」」

繰り出されたのは拳と平手。
拳の男はその場に崩れ落ちた。

「よっしゃぁああああ! エミリー、捕まえたエルーラビットの肉は全部鍋にぶち込め! 今日の飯はシチューだ!!」
「くそぉおおおおおお!」

その瞬間、そこには確かに天国と地獄が存在した。

「はぁ、別にお肉が足りないって訳じゃないんだからシチューと丸焼き両方作ればいいじゃない」

エミリーと呼ばれた少女が呆れたように男に話しかける。しかし、男はそれを豪快に笑い飛ばす。

「ハッハッハ、こいつは自ら俺に勝負を挑み敗北した。敗者に情などかけん。丸焼きは無し! 今日から一週間はシチュー三昧だ!」
「はぁ…そんなこと言って、毎回3日目には飽きたとか言い出すじゃない…」

エミリーはそう呟くが、その言葉は男には届かないようだった。
第35勇者団「アリアドネ」
これは、後に魔王を倒し英雄譚として遥か後世にまで語り継がれることになる勇者たちの何の変哲もない語られなかった穏やかな日常のお話だ。

10/29/2024, 1:30:50 PM