無人島に行くならば
無人島に行くならば、私は何を持っていこう。
無人島に行くならば、荷物は全て捨てていこう。
無人島に行くならば、大切なものだけ持っていこう。
無人島に行くならば、思い出をたくさん持っていこう。
無人島に行くならば、それ以外は何もいらない。
思い浮かんだメロディを口ずさみながら、私は荷物を整理していた。
要らないものは捨てて、捨てて、捨てて....。
カバンに収まったのは寝巻きとタバコ。あとはいつものお財布やポーチなどこの家に来る時いつも持ってきたものだけだった。
ゴミ箱のないこの家にあるのは大きなゴミ袋。私のものがあった場所はただの空間になっていて、そのゴミ袋に詰め込まれていた。
カチッと火をつけ煙を吐くと、少し頭がぼんやりとする。
そのぼんやりとした頭で、ぼんやりとソファーに座り、ぼんやりと部屋を眺める。
2人でソファーに座りたくて、“おいで”と言われたくて床に座って、ソファーに座るあの子の顔を見ながらタバコを吸った。結局欲しかった言葉は無くて、おいでと言って欲しかったと拗ねたように伝えると、「そんなに座りたかったら勝手に隣に来いよ。」と呆れたように言われた。
それでもベットに寝転んだあの子はソファーに戻ってきて、片膝を立てて背もたれに添わせ、私の座れる場所を作ってくれた。
でも“おいで”とは言ってくれないあの子は意地悪で、空いた空間はあの子の優しさが詰まっていた。そんな思い出がある。
でも、このソファーは、持っていけない。あの子のものだから。
ベットに6月末なのに季節外れな冬用の掛け布団。暑がりなあの子と、寒がりな私。
あの子は4月末には暑いとエアコンをガンガンにかけて寝ていた。私は寒くて、震えていた。でも、あの子の隣で寝たくて、あの子の腕の中で寝たくて、我慢しようと思った。
あの子は私を布団でぐるぐる巻きにして、暑いといいながらも抱き寄せてくれた。
あの布団が今でも片付けられないのは、あの子の物言わぬ優しさだと思う。そんなあたたかな思い出がある。
でも、この布団は、持っていけない。あの子のものだから。
手元に残ったタバコは、あの子のタバコの匂いがした。あの子が吸うのと同じもの。このタバコを吸いながら笑うあの子を思い出す。
あの笑顔の記憶と、タバコの匂いと、タバコは私のもの。だから、持っていける。
カバンに入れた寝巻きを取り出して、ギュッと抱きしめる。あの子の匂いがした。少しタバコ臭いこの匂いはきっと、いつも私を抱きしめて寝てくれたせいだ。
この匂いと、優しさと、寝巻きは私のもの。だから、持っていける。
もう一度タバコに火をつけて、さっきのメロディを口ずさみながら、続きを歌う。
無人島に行くならば、大切なものだけ持っていこう。
無人島に行くならば、思い出をたくさん持っていこう。
無人島に行くならば、それ以外は何もいらない。
無人島に行くならば、もっと気持ちが楽だった。
無人島に行くならば、こんなに悲しくならなかった。
無人島に行きたかった、監獄なんかに、実家になんか行かず。
監獄に行きたくない、あの子といたいから。
監獄に行きたくない、悲しいから。
あのこと離れることが、何よりもの地獄。
10/23/2025, 3:27:02 PM