【波音に耳を澄ませて】
夜の砂浜は静かで
聞こえるのは
波の音と時折つぶやく君の声
まだ知り合って間もない彼女は
明日の朝遠方へ旅立つらしい
きっとこれも何かの巡り合わせ
餞別に1冊の本を渡した
しょぼくれそうになった時
もしかしたら役に立つかもしれないと選んだ
手にした本を少しめくって
「この作者の人、だいぶぶっ飛んでるね」と笑った
名残惜しいけれど彼女の明日は早い
あと数時間後には彼女を乗せた飛行機は飛び立つ
そろそろ送っていこうと車のエンジンをかけると
彼女も「えぇ~」と名残惜しそうではある
まだ帰り道の時間もあるし
足りなかったら
家の近くでギリギリまで付き合うよ
と車を出す
筈だった
次の瞬間
何やら不審な気配
車を降りて確認すると
砂浜にタイヤが少し埋まっている
むぅ
これは慎重に対処せねば
彼女にミッション車の運転は出来るか聞くと
大丈夫との元気な返事に一安心
俺が車を押すからゆっくり動かしてと伝え
車の前に移動する
砂の状態からすると何とかなりそうだ
力の入る体勢をとり彼女に声をかける
せ~のっ!
けたたましいエンジン音と共に
車はバンパーまで埋まった
天を仰ぐ
星が綺麗だ
もう笑うしかないが
そうも言ってられない
試行錯誤を繰り返し
何とか砂浜を脱出する頃には
夜が明けていた
喜びを分かち合う暇もなく
急いで彼女を送る
「何時までなら間に合う?」
「30分後には家を出て空港に向かわないと」
「わ~ぉ」
しんみりお別れに浸る余裕も無く
何とか時間内に送り届けた彼女の後ろ姿は
満身創痍であちこち砂も付いてたけど
朝日を纏ってなんだか逞しく見えた
「きっと大丈夫」
そんな気がした
立ち寄ったコンビニの駐車場で
コーヒーを飲みながら
まぁ
お互いに良い思い出にはなったかもな
と
彼女を運ぶ飛行機を眺めた後
その駐車場で
5時間くらい寝てたらしく
寝違えた首と筋肉痛に耐えながら帰った
7/5/2025, 2:34:18 PM