のねむ

Open App

「絆、なんて実在すると思うかい」

恐ろしく平坦な声。まるで、何の感情も灯っていないみたいだ。目の前の男は優しく、春風駘蕩といった様子で周りの者からも「先生」などと慕われているが、現実この男の内側は人を小馬鹿にした溶けて固まった歪な感情が支配していることだろう。
その事を知っているのは俺だけだろうし、この先他の誰かに教えるつもりも、ましてやこの男が他の誰かに気取られる様なヘマはしないだろう。

「存在するってその口で言ってる癖に、まさか存在しないって言うのか?」
「はは、言うねえ。絆とは断とうにも断ち切れない人の結びつきだと。ふふ、あるわけないだろう?そんなもの」

いつも教卓の前にまるで神だと言うように佇んで楽園へと導く男の口からは、普段とは真逆のことを吐き出している。

絆は必ずある。そして今ここにいる君達と、僕。そして神にも必ずあるものだ。だからこそ、祈ろうじゃないか。誓おうじゃないか。そうしたら、きっと彼らは救ってくれるだろう、と。

ただの男は、心地好い声を使い、話し方を使い、無害そうな顔を使い、行き場を無くした人や大切な人を亡くした人。はたまた何でもいいから縋りたかった人の前でそんな言葉をつらつらと重ねる。
何かを失った人間、というのは大変脆いものだ。
薄っぺらく胡散臭く、どこか怪しい違和感を漂わせていても欲しかった言葉を掛けられてしまえば、縋ってしまうのだから。
神とは、縋る相手である。
そして、自身の不運なことを擦り付ける相手でもある。


──がたんごとん。
列車が揺れる。どうやら、この男は全てを捨てるらしい。
そして何故だか、俺もそこへと連れられていく。

──がたんごとん。
地獄とは、どういうところだろうか。
男は神や神の住まう世界を語ることはしても、地獄という場所については語ることは無かったから。

──ざぶん、ざぶん。
海の音が聞こえる。水の音を心地好いと思うのは母の体内で聞いた羊水の音に似ているからだろうか。
そういえば、この男の声はどこか水のようだった。


「人間関係とは、どちらかの中で疑いが生じた時点で終わってしまうんだよ」

ふわふわと夢と現実の狭間を彷徨っていると声が聞こえた。俺を夢へと誘う水。ちゃぷちゃぷと、浅瀬を歩いてるようだ。

「お前は、僕を疑ってはいない。疑ってはいけない。そうだろう?断ち切ろう、だなんて思わずずっと共にある。そうだろう」


誰かを縋らせる様な声は、俺の前だけでは縋るような声になる。それが俺により深い優越感を味わせる。
何かを失った人間は、脆いのだ。
そうだろう。お前は縋られる人を無くした。神はもうお前の中にはいないしお前の中に神を見てくれる人ももう居ない。

「絆なんて存在しないなら、俺たちは何なんだろうなぁ」

ぽつり、零れた音を水で受け止める。
水紋が出来て、次第に収まる頃水面がまた揺れ動く。

穏やかでいて、それでいて荒れ狂うのを抑えてるかのような静けさで。男は語る。




「因果だよ」

───いやそれ仏教だろ!







──────────
何を書きたかったのだろうか〜🥲



私に良くしてくれる先輩の気持ちを一度疑ってしまうともう二度と純粋な気持ちで受け取れないと気付きました。
人の前で簡単に他人の悪口を言う人は、どこか別の他人にも私の悪口を言っている、ということでしょうから。
目の前に見える人をそのまま受け取る。それから受け取った言葉の裏を考えようとはしない、その事が酷く難しくなってしまうほど私は大人になってしまったのでしょうか。
私の前で笑顔を見せてる人の心の中は、どれほど荒れ狂っているのでしょう。


絆なんて無いと思います。
一生を誓い合った仲でさえ、断ち切れてしまう。

前世の悪い行いのせいで、現世の不幸がある。だとしたら、私に良くしてくれる先輩に嬉しくも苦しめられるのは因果その物でしょう。けれどその不幸を、嫌だとは思えない。

例え、私のことを嫌いだとしても私は好きだと思う。それから、私同様に苦しめてしまいたいと。
だからこそ、思います。私の居ない場所で幸せになって欲しいとも。

3/6/2024, 1:11:03 PM