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『秋恋』

「星矢ちゃん、ちゃんとご飯食べないと駄目だよ」
「分かってるよ、だけど忙しくてつい適当に済ませちゃうんだよな」
 悪びれもしないで雑誌を読みながら答える星矢ちゃんに、もうっ、と悪態をついて再び手元の包丁に目を落とす。さつま芋はその半分位が一口大に切られている。私は残り半分を切り始めた。
 星矢ちゃんの住むヨットハウスは男の子らしく物が散乱していて少し臭かったけど、逆に星矢ちゃんの存在を感じられて嬉しくもあった。
 星矢ちゃんは聖闘士として何度も戦い、その度にボロボロになってたけど必ず帰ってきてくれた。私の前では弱音一つ吐かないけど、その姿に星矢ちゃんが昔と変わっていないと安堵すると同時に、自分が置いていかれてるようで寂しくもあった。だからこうして、星矢ちゃんの家で二人でいる時間はとても尊いと感じた。
「あ痛」
 そんなことを考えていたら、包丁で指を切ってしまった。咄嗟に指を咥える。星矢ちゃんがそれに気付きこっちに来て手元を覗き込む。
「大丈夫か? ほら絆創膏。美穂ちゃんは昔からそそっかしいから気を付けなよ」
「誰がそそっかしいのよ」
 私の文句に星矢ちゃんは無邪気な笑顔で答えていたけど、急に真剣な顔になってこちらを見つめてきた。
「何?」
 思わず、私も同じような顔になって見上げる。気付いたけど、星矢ちゃんは前に会った時より背が伸びていたようだった。前はこんなに見上げていたっけ、と思った。そんな私の思考を中断するように、星矢ちゃんが口を開いた。
「好きなんだ、オレ」
 え、ええっ⁉ こんな時にいきなり告白⁉ 不意打ちの言葉に返す言葉もなく私がドギマギしていると、星矢ちゃんが続けた。
「その芋も、そっちの栗もオレ大好きなんだよ。腹減ったし、早く作ってくれよ」
 そう言って、また無邪気な笑顔を見せた。私は気が抜けてしまい、一つ息を吐く。
「分かってるわよ、ちょっと待ってて」
 絆創膏を指に巻くと星矢ちゃんの背中を押した。星矢ちゃんは「気を付けなよ」と言って再び窓際に座った。私は台所に向き直る。
「……私も好きだよ」
 星矢ちゃんに聞かれないよう、私は口の中で呟いた。

9/22/2023, 12:04:32 AM