「愛、か……」
流れていくクレジットを眺めながら、思わず呟いた。
話題になっていた映画。しかし途中から話に集中できず、気づけばあっという間にエンディングを迎えてしまっていた。
小さく息を吐く。その原因である従兄はこちらの心情など一切気にせず、今も楽しそうに髪を編み込んでいた。
「映画、終わっちゃったんだけど」
「あぁ、うん。これ編んだら、お昼にしようか」
一向に手を止める様子のない彼に、諦めにも似た気持ちで肩を落としテレビを消した。
最初は隣に座り、一緒に映画を見ていたはずだった。それなのに途中から飽きてしまったようで、立ち上がり部屋を出たと思ったら、しばらくしてヘアメイクセットを手に戻ってきて今に至る。
そんなに面白くなかっただろうか。黒い画面に映った自分たちの姿を眺めながら、映画の内容を思い返す。
主人公である人形師の少年と、彼が作った人形に宿ってしまったヒロインとの交流を描いた物語。色々な困難を乗り越えて、最後にはヒロインの本来の体の元まで辿り着き、目覚めたヒロインと主人公が笑い合うという筋書きは、退屈するほどのものではなかったように思う。
もしかしたら、ただ我慢ができなかったのかもしれない。従兄の家にいる時には、必ずと言っていいほど着飾られていたのだから。
手先の器用な従兄は、何故かこうして自分の髪を弄ったり、手料理を振舞うことが好きらしい。
それに不満がある訳ではない。今まで行ったことのある美容室やレストランよりも、従兄のヘアメイクや料理の方がいいとも思っている。けれどいくら飽きたからとはいえ、急に髪を弄り出すのはどうなのだろうか。
編み込みが終わった従兄が、最後に花の飾りのついたピンを差すのが見えた。そのピンも、きっと彼の手作りなのだろう。
「物好きだよねぇ。私の髪なんか可愛くしても、面白くないでしょうに」
「これくらいしないと、お前は何もしないだろ?」
確かに。
声を出さずに、内心で肯定する。そんな手間をかける時間があるなら、気になる映画やドラマを見ている方がよっぽど有意義だ。
「なんでこう、おしゃれどころか、料理一つできないかな」
呆れたような声に、思わず眉が寄る。自覚がないことが一番たちが悪い。
「何もしなくても綺麗に飾り立てて、美味しいご飯を作ってくれる誰かさんがいるから」
振り向いてそう告げれば従兄は目を瞬き、そして困ったように微笑んだ。
「そっか……なら、仕方ないか」
そう言って道具を片付け、立ち上がる。
昼食の準備に取り掛かるのだろう。部屋を出る背に、ふと思いついて声をかけた。
「愛があれば何でもできる?」
さっき見た映画の、主人公のセリフ。主人公はヒロインに向けて宣言する形で言っていたが、従兄はどんな答えを出すのだろう。
「何でもなんて、愛の形や大きさによって違うだろ」
立ち止まりこちらを振り返る従兄は、酷く嫌そうな顔をしていた。
何か気に障るような質問だっただろうか。何故そんな表情をするのか分からず首を傾げていると、睨むようにテレビ画面を見ながら小さく呟く。
「あんなの、ただの執着に対する言い訳だ」
「執着?」
同じようにテレビ画面に視線を向け、眉を顰める。映画の内容を思い出しながら、さらに困惑した。
「だってそうだろ?すべて離れていかないようにするための行動だ。何でもって言いながら、あの時点で手放せ言われても絶対に言いくるめてしなかったはずだよ」
随分と辛辣だ。けれど主人公が人形を抱きしめる場面を思い出すと、従兄の言葉の通りだとも思った。
「愛って、そういうものじゃないの?」
「かもね。でもそれを傍目から見るのは気分が悪い」
主人公に対しての言葉だろうけれど、まるで自分自身に言っているみたいだ。
従兄のことはよく分からない。プロ顔負けの技術を持ちながら美容師や料理人になるつもりはないらしく、自分以外に彼が誰かに髪を結ったり、料理やおやつを振舞う所を見たことがない。
もったいないと何度も言ったが、その時の回答は決まって意味がない、の一言だ。
「愛があれば何でもできる……私は、できるかな?」
「しなくていい。もう十分だ」
無意識に呟いた言葉を、間髪入れずに否定される。その顔は顰められたままだったが、どうしてか泣くのを耐えているように見えた。
何故そんな顔をするのか。問いかけようとして、それこそ意味がないと口を噤む。
その代わりに、お腹の虫が空腹を告げるため、控えめに鳴いた。
「――少し待ってて。すぐ準備してくる」
「えっと……ありがとう」
途端に呆れたように笑い、従兄は部屋を出ていく。
一人残されて、お腹をさすりながら溜息を吐いた。恥ずかしさはあるものの、それよりも安堵の方が大きい。
「本当に、何があったんだか」
気にはなるが、さっきの表情を見てしまった以上、無理に従兄について詮索するつもりはない。従兄を泣かせることだけはしたくはなかった。
「聞いた所で、意味がないしね……それより、お昼はなんだろう?」
待ちきれず、立ち上がる。
キッチンに向かいながら、そっと髪に触れた。丁寧に編み込まれた髪に差された花のピン。
本物ではないはずなのに、ふわりと控えめな花の香りがしたような気がした。
5/17/2026, 5:39:07 PM