ゆかぽんたす

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振られたのか、私の方から振ったのか曖昧な終わり方だった。けどそんなのどうだっていい。終わったことに変わりはないの。そしてそのことに意味も理由も求めちゃいない。始まりはいつも理由があるけど、終わりにはそれが必要ないから。来たるべき時に終焉を迎えるんだと、そう思ってる。
「じゃあ、とっとと忘れちゃえば?」
「え?」
カウンターの隅で1人で飲んでいたら突然降ってきた声。顔を上げると1人の女性が立っていた。歳は同じか少し上くらい。長い髪と赤いリップ、ほんのり漂ってくるオリエンタルノート。大人の雰囲気がすごい。何より整いすぎたその美貌は同性の私であっても息を呑むほどだった。
当然、こんな女性と知り合いなわけがない。というかさっきのは私に言った言葉なのだろうか。恋人と別れたことを誰にも言ってないし、そもそも今1人でいるのだから話す相手もいない。
「どうしてそんなこと言うのって顔してる」
「え、あ……まぁ」
「なんか捨てられた子猫みたいな顔してたんだよね。だからついほっとけなくて」
謎の彼女は私の隣に座って長い脚を組み、頬杖をついた姿勢で私のほうへ向くと、
「もう飲まないの?」
「あ、もう……いいかな」
「そ。じゃ行きましょ」
「え、あの、ちょっ」
彼女は私の腕を掴んだかと思うと店を出ようとする。
「ま、待って!会計――」
「もう済んでる」
いつの間にか、私らが座っていたカウンターテーブルには紙幣が置かれていた。彼女はぐいぐい私を引っ張ってゆく。店から出てエレベーターに乗り込むと『R』ボタンを押す。このバーは高層のテナントビルの中にある店だった。だが屋上に行ってどうすると言うのか。わけが分からないまま連れてこられて、扉の向こうに広がっていたのは美しい夜景だった。深夜の時刻になってもまだまだ眠ることがない大都会。
「綺麗……」
「落ちた時は美しいものを見るのが1番よ」
彼女はそう言って指をパチンと鳴らす。すると突然、消えていたオフィスビル群の灯りが一斉についたのだ。何棟というレベルではない。視界から見渡せる範囲だとおそらく何km四方の範囲で一斉に光がついたのだった。啞然としている私の隣で彼女はクスクス笑っている。驚きすぎて言葉が出ない。一種の大規模なマジックを見ているようだ。そうか、彼女はきっとマジシャンなんだ。だからさっき私の心の中も読めたんだ。だってそう思うしか説明がつかない。そんなことを考えていたらまたも彼女は私の心を見透かす。
「あたしのことなんていいの。嫌なことを忘れることに気持ちを使って」
ちょん、と綺麗な人差し指が私の鼻に触れてきた。不思議な感覚。このお姉さんのこと何一つ分からないけど出会えて良かった、一緒に夜景を見られて良かったと思ってしまう。そう感じたら振った振られたなんてもうちっとも気にならなくなっていた。彼女が微笑んで夜空に手をかざす。その仕草が上品で艶かしくて、次はどんな奇跡を見せてくれるんだろう。そんな期待をしてしまう。胸が高鳴る。心が踊る。真夜中の大都会を見下ろしながら、私は彼女の魔法にかけられている。

3/20/2024, 9:20:29 AM