葉音

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お題 記憶の海


波音は聞こえないけれど、私は自ら足を進めた。
泡が迫って目を瞑り、再び目を開けるとそこは光の届かない深海のようで、一人ぼっちで座っている子どもがいた。
周りは見たことのある部屋だけど、色がなかった。
その子も、人間らしい血色がなく、鈍色だった。顔を伏せて三角座りをして、背中をこちらに向けている。
動く気配もなかった。生きているかさえ、分からなかった。


これは、昨日体験した初めのシーンだ。
鈍色の子は、昔のわたし。おそらく、中学生だと思う。
わたしの本当の記憶は中学生あたりで止まっているから。

今の私は24歳。無理して大人になって体だけ大きくなった私だけど、本当の自己は、あの時から進んでない。

最近、とある本を読んで、ようやく、ようやく手を伸ばすことができた。12年ぶりだ。
わたしは、12年間ずっと、本当の自己を置き去りにしてきた。
その子に会うには、果てしない記憶の海を泳がなければならない。真正面から、高波を受けなければならない。

それでも私は、これから一緒に手を取って、深海から地上へ向かっていく。幼い私の体力に合わせて。

長い旅路になるだろう。

荒波が来ても、嵐が来ても、海流に飲み込まれそうになっても、今の私が守るから。
今に生きている、もう一人の私を信じて。

5/13/2025, 2:34:20 PM