沼崎落子

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 この世界には黒と白しかない。いや、灰色というものもあるし柄のようなものもあるけれどそれらはあくまでも黒と白の何かである。
 自分が、前世で見ていた漫画の世界でそのまんま漫画の表現の中にいる、と気づいたのはいつだったか。それまでは効果音と呼ばれるものが文字で描かれ、自分たちの話す言葉が吹き出しのように飛び出ることになんら違和感などなかったのに。
 白黒の世界で綺麗なのにおいしそうに見えないリンゴと、いつも通りの白いご飯なのに味気なさを感じる白米と、もはや食べ物とは思えなかった味噌汁とを鮭とを見て狂ったように叫んでしまい、自殺未遂をしたりしなかったりとしていたら母親に「生きているだけでいい」とさえ言われてしまった。
 まともに生きたいと思った。

 前世の自分はとてもいい世界に生きていた。色があって匂いがあって音があって。ぶんぶんと腕を振り回せば空を切る感覚がしていたあの頃が懐かしい。

 自分は今も夢を見る。色のたくさんあるあの世界を。目を覚まして色彩のない真っ白な天井を見て、今日もここにいるのだと思った。

5/1/2023, 10:13:34 AM