与太ガラス

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「なあ、コハル。こんなにでかい荷物どうするんだよ」

 コウスケが私の荷物を両手に抱えながら非難の声をあげる。

「あら、そんなこと言っちゃっていいんだっけ? 私をこんな不自由な車椅子生活にしたのは、誰だったかしら? 私を誰かの介助なしでは生きられない体にしたのは、だ〜れだったかしら〜?」

 私がそういうとコウスケは慌てて声をかぶせる。

「ああ、わかったよ! 文句言わないから。大声出すなよ」

 1ヶ月前、高校の廊下で休み時間にふざけていた男子たちが、いきなり走り出して、その一人だったコウスケが廊下を歩いていた私にぶつかってきた。学校でよくあるちょっとした事故。だけどタイミング悪く階段の近くにいた私は、ぶつかった拍子によろけて階段から落ちてしまった。

 私は足の骨を折る重傷で全治3ヶ月と診断された。そして約1ヶ月の入院を終えて今は車椅子登校を始めている。

「本当に、悪かったと思ってるよ」

 コウスケが贖罪の言葉を口にするたびに、私の心はキュッと締め付けられる。私にも、コウスケを縛っている後ろめたさがあるからだ。

 退院して車椅子登校を始めるにあたり、私はコウスケを世話係に任命した。自分が原因を作ったんだから断れないだろうと思ったのもあるし、その負い目からどんな指図も下僕のように引き受けざるを得ないだろうと思ったからだ。

 ……というのは建前で、今の私はコウスケに対して何の恨みも憎しみも持っていない。彼の心の底からの優しさに触れてしまったから。

 次の日の放課後、私は体育館の隅っこでバスケ部が練習しているのを眺めながら車椅子の上で宿題をやっていた。コウスケの部活が終わるのを待っていたのだ。部員たちはチラチラと私を見るけど、私は気に留めない。部活が終わる頃には宿題はとっくに終わって、スマホで漫画を読み始めていた。

「俺が部活の日までわざわざ待ってる事ないじゃん。友達に手伝ってもらうことだってできるだろ?」

 コウスケは苦い顔をして私のもとにやってきた。

「ふーん、そんなこと言うんだ。だーれが……」

「わかった、わかったって」

 コウスケは自分の荷物を背負ったまま、自然な動作で私の後ろに周り、車椅子を押し始めた。コウスケの言葉からは、自分が世話をするのが嫌なのではなく、私を待たせるのを申し訳なく思っている感情が読み取れる。それでも私が憎まれ口を叩くのは、単純に気恥ずかしいからだ。

 私が階段から落ちた時、コウスケはすぐに私に駆け寄って、私を抱えて保健室まで走ってくれた。入院中も毎日のように病院に来て、私を見舞ってくれた。宿題も持ってきてくれたし、授業の進捗も教えてくれた。私がもう謝らなくていいと言っても、何度も何度も私に謝罪した。

 退院して、私が何の不安もなく登校初日を迎えられたのはコウスケのおかげだった。だからあの日、クラスの現状を見て唖然とした。コウスケは私に怪我をさせた犯人として弾かれていたのだ。

 私は悔しかった。許せなかった。私にあんなに優しくしてくれたコウスケが、私のせいで? いやもちろんコウスケの自業自得ではあるけど、あの時ふざけていたのはコウスケだけじゃないし、なにより私はもう許してるのに。

 だから私はコウスケを世話係にして、私のそばに居させようとした。これならコウスケは一人にならないし、私が高飛車な態度でこき使えば、コウスケに同情が集まる。

「部活の先輩に言われたよ。お前も大変だなって」

 コウスケが言った。自分の作戦が上手くいっていることに、私は内心で喜んだ。でもそのことを態度に出してはいけない。私は高飛車な怪我人でいないと。

「そんなわけないのにな……」

 え?

「コハルの方が、大変に決まってるのに……」

 表情は見えないけど、コウスケの声に涙が混じっているのがわかる。

「ちょ、ちょっとやめてよ。あんたは私のわがままに、迷惑がっていればいいの。私のことなんか煙たがってくれればいいんだから」

 さすがに強がりに思われてしまうような発言だ。でもこう言わなきゃ、私の台本は成立しない。気づいたらもう私の家の前に着いていた。

「コハルはさ、優しすぎるよ」

 そう言ってコウスケは私の正面に来て、顔の高さを合わせた。目には涙を湛え、顔はぐしゃぐしゃになっている。

「やめてよ、そんなことない」

 誰が、誰が優しいのよ。

「自分のこと怪我させた奴のこと気にかけてさ。一人にしないようにとか、自分を悪者に見せてとか」

 なんで全部わかってるのよ。恥ずかしいじゃない。

「それはあんたが私に優しくしてくれたからじゃない」

 私は思わず叫んでいた。自分の頬を涙が伝うのがわかった。

「じゃあ、これは本当に、私からのわがまま」

 私は少し体を前に倒し、コウスケの顔に両手を当てた。

「うん、なんだよ」

「足が治っても、車椅子がなくなっても、コウスケは私を一人にしないでいてくれる? ずっと私のそばにいてくれる?」

 コウスケの顔は私の手の中で、くしゃっとした笑顔になった。

「そんなの、当たり前じゃないか」

 ああ、良かった。今の私はもう、あなたの優しさなしでは生きていけない体になってしまっているのだから。

3/3/2025, 2:16:27 AM