安達 リョウ

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好きな本(生理的要因)


彼女とは、遠距離とはいかないまでもなかなか頻繁には会えない距離にお互い住んでいる。
社会人になりたての一人暮らし同士、それでも忙しい合間を縫って家の行き来に勤しんでいたのだが。

ある日唐突に、その事件は起きた。

 
「ねえ。何これ」

―――久し振りに会ったその日。
近所のコンビニで酒とツマミの買い出しに行き、部屋で一人待っていた彼女は、俺が帰って来るなり憤慨した。
「? 何をそんなに怒って………って、だぁぁーーー!!!」
………人はパニクると素っ頓狂な声を出すらしい。
俺は光の如く彼女の傍に駆け寄るなり、すかさずそれを回収した。

「なななな、何してんだ!!」
「何って、帰って来るまで少し掃除しようと思って。そしたら出てきたの、それが」
俺が必死で背後に隠すそれ、に彼女が冷めた目で視線を移す。

「違う、これはそういうんじゃねえ!」
「え? この期に及んで言い訳するの?」
「う、浮気じゃねーから! 誓って!」

………母親に見つかった時の高校生の反応ってこんな感じなのかしら。と、姉妹育ちの彼女は冷静に思案する。
「………そんなのわかってるわよ、遠距離みたいなものだしそうそう会えるわけじゃないし。風俗や他の誰かで補われるより健全だってことくらい」
「お、おう。だよな、そうだよな」

―――よりによって彼女に見つけられた最悪な事態。どうにも陳腐な弁明しかできず、これをどう収拾させるか、穏便に済ますかにだけ俺は全力を注ぐ。

「ま、まあ事故みたいなもんだと思ってくれれば、」
「………別に不満があるわけじゃないのよね?」
「は?」
「だ、だからその」
わたしとの関係、というかそういう行為に対してというか。

頬を赤く染めて濁す彼女が、皆まで言わせるなと顔を背ける。

不満……… 考えたこともなかった。

「違う。それは断じて、誓ってもいい」
「………。なら、いいんだけど」

―――なまじ離れているから、誤解が生まれるのかもしれない。
不安になるのも当然だ、ただでさえ一人暮らしの不透明さがあるのにこんなもの見せられた日には………。
ではこの疑心暗鬼。解くにはどうしたらいい?

「言葉じゃどうにもならないと思うんだよな」
「ん?」
「やっぱりこういうのはさ、」
「んん?」
じりじり体を寄せてくる彼に、彼女が雲行きが怪しくなってきたと後ずさる。

「肌を合わせて確かめないと」

その刹那、彼女の手のひらが空を切った。

―――ばか、とか誘ったわけじゃない、とか怒りか羞恥か最早わからないほど真っ赤になって喚く彼女を尻目に、俺は痛ってぇと頬を抑えてしゃがみ込む。

いやそりゃなくない?

不貞腐れる俺に、彼女はずいと手を伸ばすとその両頬を包み込んだ。

「だってまだ、早いでしょ?」

恥じらうように潤んだ瞳に、俺は目眩を覚える。
今にも襲いたい衝動をなんとか堪え、俺はただ頷くと―――その柔らかい体を壊さぬよう、緩く大事に抱き締めた。


END.

6/16/2024, 2:11:13 AM