白玖

Open App

[後悔]

誰も理解できないという彼の言葉を否定したかった。そんなことない、と言ってあげたかった。
でも私自身が彼の言葉が本当であることを知っている。彼が私を理解出来ないように私もまた彼を本当の意味で理解することは出来ない。
だってそれが私達『人間』だから。

絶望に打ちひしがれる彼は昔の私と同じ。余所者だと部外者だと蔑まれてきた私と同じ。だから私には彼の痛みが痛いほど分かるけれど、それと同時に私の言葉は彼にとって何の慰みにもならないことも知っている。
「……仕方がないんだ」
掛ける言葉は目の前で蹲る彼に対してではない。
窓を開けると新鮮な空気が部屋に入り込む。憎らしいほどに青い空を眺めながら、自分を納得させるための言葉を吐く。
「理解したつもりになっているのが人間なんだから、きっと誰も本当の意味での理解者なんて得ていないんだ」
「……君は?」
「私はもう諦めているんだ。私が私自身の一番の理解者で唯一の共犯者でいることで決着をつけただけ」
「唯一の、共犯者……」
言葉を返さない代わりに瞳の中に君を捉え、微笑む。

この言葉の裏側にある悲しみを悟らせないように。
この言葉の裏側にある淋しさを悟らせないように。
この言葉の裏側にある孤独感を知らせないように。

私は孤独を選ぶことで今まで煩わされていた人間関係を断った。それはとても気楽で今までのことに比べたら凄く幸せだけど、これはとても孤独で勝ち目のない永遠に続く戦いのようなものだ。
社会の輪にいた頃は一人でいたいと願っていても、実際に一人でいることを選ぶと嫌になるほど人は一人では生きていけない生き物だと思い知る。
それは単純な生活の問題ではなく、精神面の問題だと愉快になるほどに悟ってしまった。人を恋しく思う気持ち、誰かの理解を得たいと、人の温もりを求める強い欲求。
生存本能よりも強くおぞましく、醜く穢れた感情の数々。
拭い切れない死への恐怖心と同じように、生きている限り切り離せない、私にとっては何よりも忌避したい欲求。
こんなにも他者との繋がりを求めてしまう感情を、私は孤独を選んで初めて知った。

「君は、強いんだね」
「何度もそう言われてきたけど、私は全然強くなんてないよ。必死になって弱い自分を守っているから強いように見えているだけだよ」
「でも、僕は君と同じようにはなれない。絶望しても、理解が得られないとしても、人との繋がりを断つことは出来ない」
「……それでいいんだよ。君は、それでいい」
同じになる必要なんてどこにもない。君には君の選択があって、人生があって、未来があるんだから。
それに何よりも。
君には私と同じ孤独の道を歩んでほしくない。そこがどれだけ茨の道であっても、こんな道だけは選んでほしくないと願うんだ。
(もし、私が君みたいに強かったら)
私は、全てから逃げ出す道以外を見付けられたのだろうか。
孤独ではない、この道以外を歩むことが出来たのだろうか。

そんな意味の持たない後悔に、私はまた空を見上げる。

5/15/2023, 11:19:40 AM