「ね、明日世界がなくなるとしたら今からなにをしたい?」
唐突な話題に、ほとんど動いていなかった手を止めて顔を上げる。
窓枠に行儀悪く体重をかけ、いまいち感情の読めないにやにやとした表情の未那と目が合う。暇なのかもしれない、これだから優等生様は。
「焼肉パーティー」
ほとんど考えずに答えて再度手元に視線を落とす。そこには数分前から一向に進む気配のない数式たちが踊っている。今日の課題なのだから、真っ当に考えれば今日習った公式を使えば解けるはずなのだ。それなのにどうこねくり回しても、当てはまる気配がない。
「焼肉か〜。私どっちかと言うとしゃぶしゃぶの気分なんだよね」
暇なら答えを教えてくれればいいのに、変なところで真面目な未那は、ヒントこそくれど肝心なところは決して口にしてくれない。
「じゃあしゃぶしゃぶでもいいよ」
すでに薄れかけていた集中力が切れていくのを感じる。意識がしゃぶしゃぶに持っていかれ、奇跡的に今日の夕飯がしゃぶしゃぶだったりしないかな……とか考え出す。残念ながらしゃぶしゃぶは我が家のスタンダードメニューには存在しない。
「私に合わせてくれちゃうの?世界が終わっちゃうのに?」
シャーペンで虚空に円を描きながら、ちらりと未那を見上げる。やっぱり未那のにやけ顔は何を考えているのかわからない。
「未那と一緒なら、まあそれでもいいよ」
実際なんだっていい。焼肉だってしゃぶしゃぶだって。修学旅行はバスの中と布団の中のお喋りが一番楽しいのと一緒だ。まあ、牡蠣の食べ放題にしよ!とか言われたら断固拒否だけど。私はあのぬめぬめした感じと磯の匂いがだめ。
「やだ〜熱烈ぅ」
トンっと軽い音がして、ノートに影が落ちる。未那の長い髪の毛が視界に入る。
「私のことが大好きなぴぴちゃんに大サービス。最初の所の計算ミスしてるぞ」
誰がぴぴちゃんだ。
「って、え」
慌てて長々と並んだ計算式を見直していく。序盤も序盤、本当に最初の些細な掛け算の繰上げが間違っている。
「あ〜!?ちょ、全部計算狂うじゃん!未那気付いてたら秒で教えてよ!」
頭上でけたけたと笑う声。返せ、私の数分間。
「こんなんじゃあ世界も終われないねぇ」
「いや、世界終わるなら課題なんて捨てるに決まってるけど」
5/6/2023, 2:34:48 PM