一瞬で汗が乾ききるような熱気。
肉の焼けるにおい。
耳からこびりついて離れない悲鳴、悲鳴、悲鳴──
真っ黒に焦げた身体で誰かが近づいてくる。逃げたいのに足は地に吸い付いたように離れない。
焼き切れてボロボロになった長い髪。今にも溶け落ちそうな眼球。身体中の皮が焼け変わり果てた姿で、それでもそれは母だとわかる。
息さえまともにできないくらい固まった身体に母が近づく。抱きしめるように耳元に口を寄せる。
──つん裂くような悲鳴があちこちで聞こえているのに、その低く小さな囁き声はクッキリと聞き取れた。
「どォしてお前は生きている」
☆- -☆--☆
「──きろ。おい、起きろ!」
思いっきり頬を叩かれイルは飛び起きた。
荒い息で辺りを見回す。
宿によくある2段ベッドの天井。小さく照明魔法の浮かぶ暗い部屋。自分をじっと見つめる赤い髪の女。彼女にはたかれた頬はまだジンジンと熱を帯びている。
「すまない、あまりにもうなされていたものだから無理矢理起こしてしまった。──放っていた方がよかったか?」
「……いや、いい。悪ィ、手間かけた」
ベガに答える間もまだ胸の動悸は止まない。あの言葉も耳にこびりついて離れない。
それをなんとか上書きしようとするみたいに、イルはカラカラの喉で話し出した。
「……夢を見てた。あの時の──魔人に村をぶっ壊された時の夢。……もう10年近く前なのにな。未だに夢に見る」
「……その話は長いか?」
その言葉にゆるゆると首を振る。こういう時、ベガは清々しいくらいにハッキリしている。
時間も時間だ。悪夢から叩き起こしてもらった上に自分の愚痴に付き合わせるわけにもいかない。早く寝て明日に備えてもらおう。
「いや、悪ィ。先に寝ててくれ。悪ィな、起こしちまって」
苦笑いしながら言った台詞が終わらないうちにベガは荷物をゴソゴソと漁り出した。
やがて取り出したのは、ふたつのグラスと1本の四角い瓶。
「いやなに、眠いわけではない。どうせ私もこれ以上寝れそうにないしな。せっかくの長話なら飲もうじゃないか。お前の身の上話は一通り聞いている。忘れたくても忘れられない過去を忘れるには、酒がいちばんだ」
そう言って注がれたグラスを差し出す彼女につられて、イルも少しだけ頬を緩めた。
出演:「ライラプス王国記」より イル、ベガ
20241017.NO.81.「忘れたくても忘れられない」
10/17/2024, 11:29:47 AM