秋風なぎさ

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金は最強だ。
金があれば何でも手に入る。
食いもんだって、家具だって、世界一周の夢だって叶うかもしれない。
金さえあれば何でもできる。
だから俺は働く。
自分のために、金のために働く。
働き方改革とか、そんなのはいらない。
金が入ってくればそれでいい。
先輩後輩との付き合いなど尚更関係ない。
飲みに誘われたこともない。
俺に話しかけてくるのは、仕事を頼みに来る自称上司とあいつだけだ。
あいつは朝一番満面の笑みで“おはようございます”とだけ言って仕事場につく。
俺は会釈だけで済ませるが、なんの目的で俺にそんな笑顔を見せるのか。
みんなにも挨拶しているのか。

ある日そいつはピタリと来なくなった。
俺は普段仕事場から動かないし、誰とも喋らない。
そんな俺がいきなり“あいつはどうした”なんて誰かに聞いたら疑われる。
俺は一通り仕事を終え、背伸びの振りをしてあいつの仕事場を見た。
荷物はそのままだ。
あいつが愛用する腰掛け用のカワウソのぬいぐるみがちょこんと椅子に座っている。
すると遠くからひそひそと話し声が聞こえる。
俺は耳を傾ける。
“中村さん、自宅の床で倒れてたって”
“嘘、この前まで元気だったのに”
あいつは中村というのか。
倒れたのか。
あいつの笑顔が頭をよぎる。
“意識がなくてね、もう戻らないかもって”
“まじで?”
あいつにもう会えなくなる...?
俺にとっちゃあいつは赤の他人。
気にすることはない。
働くんだ。
金のために。自分のために。
資料に透明な何かが落ちて丸く灰色に染める。
頬を涙が撫でる。
そして俺は仕事場から飛び出した。
俺はもう一度あの声を聞きたい。
あの笑顔を見たい。
もう一度、もう一度。
俺はその日、金より大事なモノを見つけた。

3/8/2023, 11:29:24 AM