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「えらいものを見てしまった!」

部屋に逃げ帰った今も、心臓のバクバクが止まらない。

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遡ること数十分前。

岩肌に寝転がって夜空を見上げていた。

自分の家からは見たこともないような満点の星空だ。


人生で初めての『法事』というものに連れてこられた。
会ったことのない遠い親戚の家に来ている。

宇和島という田舎に来たのは記憶があるうち初めてだ。

親の実家は卯之町という、愛媛でも南の方なのだが、宇和島はさらにもっともっと南だ。

住んでいる伊予だって田舎だと思っていたけど、卯之町のほうはもっと田舎で、宇和島はもっともっと大自然だ。

海に沈む夕陽と山が隣り合っている。
道路は曲がりくねっていて、トトロでも出てきそうな鬱蒼とした森に繋がっている。

こんな景色見たことがない。

兄や弟はなんの興味も示さず、部屋の中で親に借りた携帯電話でゲームをしている。

私は周りを探索したくてたまらなくて、晩御飯を食べた後外に出てみた。

すると、真っ先に視界に広がったのは見たこともないくらいの星空だった。

卯之町や内子、久万高原町、山の高いところで星を見たことがある。

それでも比べ物にならないほど、小麦粉をひっくり返してしまった時のような星屑の一粒一粒が、きらきらと光の強弱をつけて揺れている。

「流れ星!」

あまりの綺麗さに口がぽかーんとあいたまま、星が流れていくのを見つける。

ひとつ、またひとつ。


来る前にニュースか何かで見たけど、確か流星群の時期ではなかったと思う。

それなのにこんなにも見えるものなのかと、面白くなって近くにある大きな岩にねそべってみた。

真夏の夜だが、空気はそこまで暑くなく、ぬるい空気に岩肌のひんやり感が心地良い。

寝そべってみる夜空には、遮るものが何もない。

親が好きでよく聴いていた「Amanogawa」という曲の歌詞が浮かんだ。

"夜空に落ちそうになる"とはこの事なのかもしれない。

どのくらいそうしていただろう。

心地よくてうとうとしてきた頃、眠気を吹っ飛ばす「それ」が突然視界に飛び込んだ。


「え…?」

ものすごい光を放ち、まるで打ち上げ花火のようなスピードで何かが夜空を滑っている。

肉眼でも見えるくらい、周辺の空に煙のようなものを放ちながらロケットのようにゆっくりと滑った後、遠くの山の向こうへ消えていった。



子供ながらに感じた。

あと2分くらいで死ぬ、と。


隕石、UFO、爆弾、ミサイル、いろいろな可能性が頭を駆け巡り、途端に1人でいるのが怖くなって家に逃げ帰った。


「えらいものを見てしまった!」

部屋に逃げ帰った今も、心臓のバクバクが止まらない。

動揺を隠しきれない私を横目に、兄や弟は何食わぬ顔で退屈そうにゲームをしている。

母や叔母も、何ひとつ顔色を変えず昔話に花を咲かせる。

その様子を見て私もなんだか気が抜けて、今見たものを話す気がすっかり失せてしまった。

腕がすごくかゆい。

暗闇では全く気が付かなかったが、明るい部屋で自分の体を見ると、数えきれないくらい蚊に刺されていた。

そうだった。忘れていた。
ここはど田舎だ。

かゆいかゆい。
気が抜けたら一気に痒くなってきた。

私が見た「えらいもの」が、生まれて初めて見た「火球」だと知るのは、携帯電話を手に入れる頃の話。


ー星空の下でー

4/6/2024, 5:35:27 AM