あたりは純白の霧に包まれ、時折聞こえるせせらぎに耳を澄ませば、その虚空からきこえる古の音色は静かにその身を打つ。
此処は銀世界。人は神々が住み、戦場に散った勇ましき英雄達が終わらぬ祝宴をあげていると信じる場所。
ヴァルハラとも呼ばれた天空は、いまや一つの少年のものだった。彼の名はカムパネルラ。オーディンより推薦され、一筋の彗星とともに夜空を彩る星々となった者。
そして、空に住まう者たちに、永遠からの解放をもたらす者。今の名を、Benedictio ベティオという。
僕の生前は、賢い少年だったとベティオは語った。そして友人を助けて溺れ死んだが、親友の行末が気になるのだとも。
そして、他のたちも彼にその生涯を語って聞かせた。
永遠の祝福は、決して手放しで喜んでよいものではない
矢を射るケンタウルスは、聡明で、彼に全てを教えた。
彼自身、星座は神の悪戯のふしがあると貶し、しかし多くの偉大なるものとの巡り合いには、感謝せねばと笑った。彼は師を務めていたことがあるらしい。
蠍にも、獅子にも会った。彼らはヘラという神の使徒だったが、向かった先で殺されてしまったという。
今思えば、あれも神の一興だったのだろうと呟いていた
ベティオは聡明な少年だった。
オーディンの鴉が目をつけるほど、彼は全てに長けていた。状況に甘んじることは無く、親友には最後の邂逅を果たした。
だからこそ、彼は皆に祝福を与えることにした。
永遠の祝福という鎖に縛られ、死してなお神の遊戯に使われるものたちを、彼は心の底から憐れみ、自らがその立場にあることに強い怒りを覚えていたのだ。
すべてを受け入れ、抵抗の意を見せたベティオに、神々はあっけなく天空を明け渡した。
そして、今彼は粛々と別れの儀をとりおこなおうとしていた。
一片の欠けもない漆黒の石板に埋め込まれ、装飾を彫られた翡翠にアメジスト、多くの玉石は天が照らす光に瞬き、うつくしかった。
それはまさしく星座に、夜空を輝かせ、民を導く役目を果たし続けてきた偉大なる者達の光。
ベティオは不意にこの光を失うことを酷く恐れる気持ちに襲われた。それは彼が今まで経験してこなかったもの
周りが知らず知らずのうちに彼に課していた重圧。
それは彼を苦しめたが、ここまでのものではなかった。
今彼を苦しめるのは、初めて自分が、自分から誰かを救うのだという自負。
ベティオはまだ少年だった。
「ベティオ」
! 射手座の声が、今日はやけにはっきりと聞こえた。
射手座の重厚な声はベティオに全てを任せると物語っていた。ここにきて、知り合い、寝食を共にした仲間達。
多くの想い出は、決して消え失せることはない。
時は、彼等から何も奪えはしない。
『ut benedicat tibi (祝福を) 』
【星座】
10/5/2023, 2:29:41 PM