終点
夕方。庭で黙々と素振りする。誰に言われたわけでもない。そうしたくてたまらなかった。
この暑いのに、精が出るね。 隣の幼馴染が茶化してくる。
うるさいよ、邪魔するな。
うるさいのはそっちよ。ブンブン、ブンブン、音がして勉強の邪魔なの。
そりゃ悪かったな。 僕は力を込めて竹刀を振った。
ちょっと待て。今、ブンブンって言ったか。
言ったけど、なに。
そうか。クソッ。
なによ。
お前に言ってもわかんねえよ。
言わなきゃ何にもわかんないでしょ。こっちに迷惑かけてんだから、説明ぐらいしなさい。気になって数学、進まないから。
僕は嫌な顔を隠さなかった。そして嫌な顔のまま口を開いた。
転校生がきたろ、あいつ剣道部に入ったんだ。
ああ、背の高いスラッとした?それが?
……凄かったよ。素振りだけでわかった。凄いって。
そうなの。どこが? 僕は一層嫌な顔をして、
さっき、ブンブンって言ったろ。でもあいつのは違うんだ。もっと高くて短くて、ヒュッて感じの音。
そっちのほうがいいの?
ああ。 僕は1度振ってみた。やっぱりあいつの音とは違う。
凄かったんだ。多分、先生よりも凄い。
へえ。そりゃ凄いね。
あいつの振り、頭に焼き付いてるんだ。迷いもなく一直線に振り降ろす。剣先の始点と終点が、正中線から全く外れない。凄いよ。
そう……。あんたは迷いがあるの?
ない。ない、はず。
──でも僕はあいつのようには振れない。
うーん。迷いが見えるねえ。 真面目になのか、からかっているのか、わからないような口調で彼女が言う。
あんたさ、私のこと好きでしょ。
な、なに言ってんだ。いまの話となんの関係もないだろ。
私は好きよ。あんたのこと。
え……。 どう反応して良いのか、体が固まってしまった。
ほら、気持ち、わかったんだから迷いも1個減ったでしょ。素振り、振ってみ?
おまえ……。
いいから早く。ホレ。 これはわかる。明らかにからかっている。
仕方なく、竹刀を振り上げる。そして振り降ろす。
ああ、駄目。全然、駄目。始点と終点、バラバラ。素人でもわかるよ。
わかってるよ。ちょっといま、頭が忙しくて……。
まったく、そんなんじゃ転校生に追いつけないぞ。
わかってるよ。
そのあとも、とりあえず素振りを繰り返した。けど結局その日は、成長のない素振りで終わってしまった。
8/11/2024, 2:50:10 AM