野田

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夕日の差し込む車の中で柚子を片手にふと思った

母親とまともに会話をしなくなったのはいつからだろうか?



思い返せば中学生の頃だっただろうか


私が物心付いてからの記憶は常に母と二人の生活だった


母親は清掃の仕事や農家の手伝い、居酒屋の手伝いなどであくせくと働いていた、小さな頃から見ていたその姿は自分にとっての当たり前の姿であり全ては当たり前の生活だった

私は小さな頃から物分かりのよい子だとよく誉められ、私も無理なおねだりやお願いなどはあまりしなかった

しかし、私が中学生の頃に友達が持っていた携帯を母親にねだったのだが、母からは「ごめんなさい、、」との一言だった

私はそんな一言にひどく傷ついた、普段言わないわがままを言っただけなのに、母親に期待を裏切られ、自分の置かれた環境や今の生活を再認識させられたようで、なんとも情けないようなひどくやるせない気持ちになった

ついカッとなり、母に自分の不幸は全て母のせいだと罵倒した

母親が泣きながら許しを請う姿に気付いた時には、自室に駆け込んでしまった

それ以来だろう、母親との会話に気まずさを覚え、母から声をかけられても避けるよになってしまったのは

最初は自分が母に言ってしまった言葉の気まずさが半分、母親を許せないと思ってしまう気持ちが半分
そんな状態が長く続いてしまい、いつしかその状態が当たり前になってしまった

他県の大学に進学してからは、長期休みもバイトに明け暮れ、たまに来る母親からの連絡も一切出ずにいた

社会人になってからは、メールにて近況などはたまに送るようにしていたが、「たまには顔を見せて下さい」などと言われ、その度に仕事の忙しさを理由に無理だとばかり返信していた




商談で訪れていた取引先の事務所にて、仕事の話しが終わりゴルフの話やらなんやらと中々帰らせてくれない相手と歓談をしながら時計をちらりと見て、そろそろ失礼しますと切りだそうとした時に、年輩の女性事務の方から「頂いた物ですがよかったらどうぞ」とビニールに包まれた柚子をみっつほどもらった

社用車に乗り込みもらった柚子を助手席に乗せると、車内に広がる柚子の香りにふと懐かしい気持ちになった


私が小さな頃に、母がもらってきた柚子を湯船に浮かばせ、二人でひとつの柚子をつついた事を思い出した


決して贅沢な生活など無かったが、とても贅沢な記憶

柚子をひとつ手に取り胸いっぱいに柚子の香りを楽しんだ




12/22/2023, 11:48:01 AM