冷端葵

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太陽

 太陽のように笑う人だ、と彼女は言われていた。
 彼女は笑顔が好きだった。人を笑わせるのが好きで、笑顔を広める活動をして、「日本で最も人を笑顔にした人」などという信憑性のかけらもない肩書きさえも我が物にしていた。
 ただ、「太陽のように」という形容が、彼女には長い間理解できなかった。
「でも、いいよね。みんなが笑顔になるなら」
 気象庁の係員に彼女は話しかけた。それはまるで独り言のようで、なにより勤務時間だし、係の人は戸惑うばかりだった。
「そう思った時期が私にもありました」
 彼女は遠い目をしていた。ビルの外は光の粉がまぶされたように眩しく、暑さのあまり空気が揺れている。
「『太陽のように』がまさか温度のこととは思わないよね」
 彼女が笑顔を広めたせいで、世界の温度は急激に上昇している。はぁーあ、と彼女はわざとらしくため息をついて、ようやく係員の方を向いた。
「お偉いさんに謝っといて。予測乱しちゃってごめん、って」
 彼女はそう言って舌を出して笑った。そして混乱する係の人を置いてビルの外に出ていった。今日はこのあともまだ仕事が残っている。人々に笑顔を届ける仕事が。

8/7/2024, 9:23:52 AM