傾月

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この黒い毛玉が妙に賢いヤツだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

台風近付く夜に、突然我が家に転がり込んで来たコイツ。はじめましてにも関わらず、何食わぬ顔で毛繕いをし、素知らぬ顔でごはん(この時はキャットフードが無かったから、白米に鰹節をかけただけのもの)を食べ、終いには我が物顔で布団の上に丸まって眠り始めたのだ。
ネコって、こんなに警戒心ないんだっけ?と、これまでの経験値では測れない状況に困惑しながら、ネコを踏まないようにそっと布団に入った。
寝入り端、ふと思い付いたことをネコに言ってみる。「なぁ。今日はお前のおかげで随分夜更かししちゃったんだからさ、明日の朝6時半に起こしてくんないか?一宿一飯の恩義ってやつでさ」すると、眠っていると思っていたネコが、起き上がりひと伸びし、こちらへ近付いてきて座った。しばらく顔を見下されていたように思う。そして、夢うつつの中で、ニャンと短く鳴くのを聞いた。

翌朝、台風一過で良いお天気の外とは反対に、遮光カーテンをひいた室内は薄暗く、まだまだ台風が停滞しているかのようだった。遠くでスマホのアラームが鳴っているのが聞こえる。しかし、ゆうべの夜更かしが祟り、まったく起きられそうにない。ああ、このまま二度寝確定だな…と思っていると、頬に強い衝撃を受けた。
何事かと目を開くと、目の前に黒い毛玉。どうやら、ネコパンチを食らったようだ。まさかと思い時計を見ると何と6時半。「起こしてくれてありがとう。ところでお前、時計が読めるのか?」すると黄色い丸い目でこちらを見ながら、またニャンと短く鳴いた。

人慣れとか警戒心とかのレベル超えてないか?それともオレの常識が間違っていたのか?すでに布団の上で丸くなっているネコを横目に、寝起きの頭でアレコレ考えてみるが全くまとまらない。そうこうしている内に、7時のアラームが鳴り始めた。ヤバイ、遅刻する。そう思い慌てて支度を始めた時に、ふと気付いた。アラームがうるさかったから、止めさせようとしたのではなかろうか。なんだ、そうだよ、ネコに時計が読める訳がない。ようやく真っ当な考えに辿り着き、内心ホッとした。

その考えですら真っ当では無いことに気付くのは、また数日後の話。


―――よるのゆめこそ [アラーム]



                  #59【不完全な僕】

9/1/2023, 11:50:24 AM