かたいなか

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「長文のお題だったから、5月22日の『昨日へのさよなら、明日との出会い』はよく覚えてるわ」
昨日にバイバイして明日と会うなら、「今日」は「どこ」にあるんだろなと思ったら、約9ヶ月後の今か。
某所在住物書きは過去の投稿分を辿った。
3月から「さよなら」は4回。上記と「さよならを言う前に」、「さよならは言わないで」、そして今回。
「突然の別れ」と「別れ際に」を入れれば、2ヶ月に1度は別離ネタが配信される計算となろう。

物書きは首筋を掻いた。失恋、夜逃げ、記憶喪失、食材使えずさよなら未遂。他に「さよなら」は?
「今日に『は』さよなら『を実行する予定』なのか、
今日『という日』にさよなら『する時間帯』か……」

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
あと10分で休日の「今日」にさよならして、平日の「明日」が挨拶に来る頃合い。
部屋の主を藤森といい、今夜は十数年来の親友であるところの既婚な野郎、宇曽野が遊びに来ている。

「8年前お前を壊して、去年お前がフった加元だが、あいつ、とうとうウチに履歴書出してきたぞ」
知覧の冷茶をひとくち。宇曽野が話題を提示した。
「ウチに、りれきしょ……」
渡された情報に、藤森はため息ひとつ。
目を細めた表情は、あきれとも、諦めともとれるチベットスナギツネであった。

宇曽野のいう加元とは、8〜9年前、藤森と恋仲であった筈の、すなわち元恋人。
先に加元から藤森に惚れて、藤森が加元に後から惚れ返すと、SNSでボロクソにこき下ろした。
鍵もかけぬアカウントで、批判を連投し、藤森の心魂をズッタズタに壊し尽くしたのだ。
理想の性格・性質・在り方と違う、と。
にも関わらずリアルでは、加元は笑顔を咲かせ真逆を言い、好意をささやいて藤森を引き止め続けた。

投稿に気付き、連絡方法を絶って離れて、追われて、職場を突き止められて何度も押し掛けられた藤森。
勝手に極が変わる磁石のような関係は、去年11月、曖昧ながら藤森がフって終わらせた、筈だった。

「まぁ、そもそも、『ヨリを戻す気はないけれど、それでも話をしたいなら恋人でも友達でもなく、他人として』とか言ってしまったのが私だ」
自業自得だな。藤森はいびつな、げんなりのスマイルでポツリ付け足し、茶に口をつけた。

ところで、本来ならば夏の飲み物たる冷茶。
冷水で抽出するので、渋味のカテキンや覚醒のカフェインが比較的少なく、穏やかに甘い。
季節外れに仕込んだ若草色のそれは、月曜火曜の規格外な暑さに備えてのこと。雪国の出身の藤森は、極寒には強いが、暑さにバチクソ弱かった。
「毎年4月の20℃で溶けるし30℃超でSAN値が吹っ飛ぶ」とは、藤森の後輩の経験則である。

「あれだけお前のこと、散々『地雷』だの『解釈違い』だの言い続けたのにな」
「どうせ所有欲と損失感情だろう?自分の所有物である筈の私が、勝手に手元から逃げて、あまつさえ自我持って『ヨリ戻す気はない』だから?」
「で、ウチに履歴書出して通って、じき最終面接だ」
「はぁ……」

「どうする?」
多分あの、お前の元恋人のことだから、職場でバッタリ出会った途端面倒なことになるぞ。
宇曽野は茶を飲み干し、2杯目を注いで時計を見る。
今日にさよならするまで、残り7分と少し。スマホの天気予報によれば、最高気温は18℃である。
「どうするかなぁ」
つられて己のスマホを見る藤森は、「実は高温予報は予測アルゴリズムのバグでした」が欲しくて、
数度スワイプし、何度更新しても変わらぬ数値に、
ため息を吐き、目を閉じ、小さく首を振った。

「さよなら私のハビタブルゾーン」
「木曜には最高一桁だ。我慢しろ雪だるま」

2/19/2024, 1:17:14 AM