あお

Open App

 シャルが引っ張り出してきた鉄屑は、まるでタイムマシーンのようだった。
 タイムマシーンは、セオドアが目を輝かせて語るもののひとつでもあった。僕自身は現物さえ見たことがない。どんな乗り物かも、わかっていないのだ。
 地球に興味津々なセオドアは、地球の文化や科学をよく知っていて、タイムマシーンを作ろうとしていた。完成したら一緒に乗ろうって約束もした。その約束を叶える前に、僕は母星から追放されたわけだが。まさか、セオドアが追って来た?
「ねぇ、この鉄も宇宙船の修理に使えそう?」
 シャルは無邪気な笑顔で僕を見た。肯定してほしそうな眼差しが眩しい。
「ゲンさんに見せないとわからないなぁ」
 答えを濁す理由は三つ。
 ひとつ、セオドアの物かもしれない鉄屑だから、今は壊したくない。
 ふたつ、もし鉄屑を再利用する場合、鉄の加工に詳しいエンピツさんを頼ることになる。彼は今、めちゃくちゃ機嫌が悪いから話しかけたくない。
 みっつ、鉄屑が不要だった場合、シャルのご機嫌取りをしなくてはならない。それが一番の面倒事だ。
「早くゲンさんに見せに行こうよ」
 急かすシャルを横目に、どうしたものかと考える。言い訳しても、正直に話しても、結果は同じに思える。ならば本当のことを言おう。
「ゲンさんは仕事中だよ。サボると所長に怒られちゃう」
 シャルは頬を大きく膨らませた。リスみたいで可愛いと言えば、即座に雷が落ちてくる。ここは沈黙でやり過ごそう。
「なんだ、なんだ? 鉄臭いぞ、オマエ」
 噂をすればなんとやら。エンピツさんがやってきた。この星で最も鉄を触っている相手に、鉄臭いだなんて言われたくない。
「ちょっと。テオの悪口はやめてよね。鉄の塊のアンタに臭いなんて言われたくないのよ」
 シャルが間に入って僕を庇う。気持ちは嬉しいが、エンピツさんに喧嘩を売るのはやめてほしい。
「チッ。プラズマ娘か。キサマとは相性が悪いのでな。アタシはこれで失礼するヨ」
「待ってください」
「なんなのヨ! 鉄が雷を通すって、オマエも知ってるでしょ! アタシを引き留めないで!」
 足早に退場しようとするエンピツさんを呼び止めたのは、聞くべきことを聞いておきたいからだ。
「これを見てほしいんですけど」
 シャルが引っ張り出してきた鉄屑を、エンピツさんに見せる。
「鉄臭さの原因はコレか」
「これって、タイムマシーンですか?」
「それはアタシの専門外ヨ。ゲンにでも聞きなさいな。まあ、違うと思うけどね」
「違うんですか?」
「アタシも専門じゃないから詳しくは知らんけど、タイムマシーンは時間を行き来するもの。これはどう見ても宇宙空間を移動する乗り物。見た目は違えど、オマエの宇宙船と作りは同じ」
「そうですか」
「何をガッカリする。この星に宇宙船が流れてくるのは日常茶飯事でしょ。オマエの宇宙船より壊れてるから使い物にはならんがね」
 くつくつと笑うエンピツさんの態度に、シャルが機嫌を悪くする。我慢しているのか、まだ放電はしていない。しかし、既にピリピリしてきている。
 シャルは不機嫌になると電気をまとう。その性質が危険に繋がるのは誰だって怖い。
 宇宙に存在する様々な惑星から、わけありで流れてきた者が集まるのがこの星だ。電気が主成分の生命体がいても不思議ではないが、つきあい方には気を遣う。
 それはエンピツさんも同じだ。皆はエンピツさんを鉄と呼ぶが、僕にはグラファイトにしか見えない。確証がないから黙っているが、セオドアが見せてくれた本で見たものとそっくりだ。
 もし、エンピツさんがグラファイトなら、本当は脆いのだろう。それを隠すために鉄のふりをしているのか? この星の住人は鉄に疎いから気づいてないし、隠さなくてもいい気がする。更に言えば、グラファイトのことを知っている者の方が少ないと思う。
 何より、エンピツさんがグラファイトなら、シャルの電気を上手く制御できるはずだ。相性が悪いなんてとんでもない。むしろ逆だ。
「それじゃ、今度こそアタシは失礼するヨ」
「エンピツさん、まだ話は終わってません」
「アタシの名前は『エンピッツァーノシン』だ」
「鉛筆の芯?」
「……もうエンピツでいいヨ。で、話って何。なるはやで済ませてくれたまえ」
「エンピツさん、本当はグラファイトですよね」
 僕が言い終わるより少し前に、エンピツさんは逃げ出してしまった。それが答えと受け取っていいのだろうか?
「おうおう。テオくんはお仕事サボりかぁ? 所長にチクられたくなかったら酒を寄越せ」
 エンピツさんと入れ替わるように、ゲンさんがやってきた。
「そんなことより、ゲンさんもこれを見てください」
「なんだ、この鉄屑」
「タイムマシーンかもしれません」
「そりゃあねぇだろ。タイムマシーンは物理法則的に作れねぇんだ」
「作れないって、何故です?」
「あー、簡単に言うとだな、光速での移動と、高重力環境が必要になる。高重力環境ってのは、まあ、ブラックホールと同じだと思ってくれ。タイムマシーンを作るってのは、想像を絶するエネルギーを使うんだな、これが。あと、過去に戻ると因果律を破ることになるんだ。つまり、矛盾が生じる」
「なるほど」
 エンピツさんから話を聞いたときも思ったが、セオドアは本当にタイムマシーンを作っていたのだろうか? タイムマシーンが作れない事実を、セオドアが知らなかったとは思えない。たくさんの理想を抱くことはあっても、地に足のつかない夢想はしなかった。
 最初から宇宙船を作っていたとしたら、目の前の鉄屑で僕を追って来たと説明がつく。
 僕が星を追放されることを、セオドアは早い段階で知っていたのかもしれない。
 もし、本当にセオドアの宇宙船だとしたら、セオドアはどこに行った? この鉄屑からセオドアが脱出できる可能性はどれくらいある?
「おーい。珍しく考え込んじゃってるけど、俺の話ちゃんと聞いてるかー?」
「ゲンさん、この鉄屑は宇宙船なんでしょうか?」
「十中八九そうだろうな」
「これ、母星で友達が作ってたものにそっくりなんです」
「つまり、お前の友達も流されて来たってか?」
「それはないです。友達はいわゆる王子様なので、誰かを流す立場ですよ」
「ふーん。じゃあ、これがたまたま友達の宇宙船と似てたか、友達が地位を捨ててこれに乗って来たか、だな」
 セオドアがこの星にいるとして、今はどこにいるのか。既に仕事が与えられているのか。配属の基準はどうなっているのか。
 ゲンさんが何でも知っているとは思えないが、ひとつずつ確認していくしかない。
「この星に流れて来たら最初にやることって、何でしたっけ?」
「宇宙船の着陸は上に報告する義務がある。誰が発見しても、だ。部隊に連行されて尋問されたあと、仕事が与えられる。お前もそうだっただろ。まさか忘れたのか?」
「ああ、そうでしたね」
 ゲンさんに言うべきか悩むが、僕は尋問されていない。着陸した場所の近くにシャルがいて、ずっと放電していたからだ。部隊は僕の宇宙船をシャルの物だと思ったらしい。僕の代わりにシャルが連行される姿を見て、呆気にとられたのは今でも覚えている。そのあと所長に見つかって、何故かお仕置きを受ける羽目になったんだ。その流れで、今の職場に紛れている。この星の管理体制はわりとガバガバだ。加えて、所長が従業員の顔を把握していないこともわかった。
「ところでお前、あの堅物な所長をどう説得したんだ? 宇宙船の修理が許可された前例はないんだぞ」
「それは企業秘密ということで」
「いつから企業始めたんだよ」
 ゲンさんはガハハと笑いながら、仕事に戻った。サボってたのはゲンさんの方じゃないか。
 エンピツさんとゲンさんの話でわかったことは、鉄屑が宇宙船だったこと。タイムマシーンは作れないこと。
 そして、未だにわかってないのは、この宇宙船の持ち主。セオドアなのか、そうじゃないのか。
 もし叶うのであれば、タイムマシーンでこの宇宙船が着陸した瞬間に戻りたい。

1/22/2026, 11:03:14 PM