雨蛾禰

Open App

 初めはベッドと、ソファと、テーブルしか置いていない簡素な部屋だった。
 住めれば良いと言うか。
 最低限生活出来れば、家具のデザインは気にならないし、悪趣味な置物があろうが動線が悪かろうが、正直寝るだけの部屋に求める物はとても少なかった。


 それが、何時からだったか。







 『おい。なんだ、これは』
 『茶葉だな』
 『何種類あるんだ。必要ないだろ』
 『味は当然、同じ種類でも状態によって香りは全く異なってくる。お前には同じに見えても、私の気分に合わせて用意してあるんだ。下手に構うものならシバくぞ』



 『花瓶?』
 『お前から貰った黒薔薇を飾る場所がなくてだなぁ』
 『何処から見つけてきた』
 『暇だから片手間に作った』



 『童話に幻想小説に、何の役にも立たない本ばかりか』
 『想像力の欠如した阿呆の言い分だな』
 『役に立たないのは事実だ』
 『なら一冊読んでみれば良い。よぉく考えながら、な?』



 『………………なんだ、この、ファンシーな…………』
 『可愛いだろう?』
 『どこの世にいい歳の男の部屋にぬいぐるみを大量に置く馬鹿がいる? 貴様か? 貴様だな!? 幼女のような趣味をしているからに!!』
 『可愛くないお前には特別に鳥ぬいを譲ろう』







 …………………………上げればキリがない。


 おかしな女の酔狂に付き合ってやっていれば、殺風景なんて言葉すら烏滸がましかった部屋も、何時しか賑やかに所狭しと物が並べられた部屋になっていた。
 大概はガラクタなのだが。
 見慣れてしまえば、捨てるのも気が引ける。
 何なら勝手に動かすと後が怖い。

 彼の女の好き勝手を咎める者も中には居たが、当の本人は何処吹く風で気にした素振りも見せない。

 当然その者達は憤慨するが、今に始まったことではない。
 故に彼らの抗議を遮って一言こう口にする。




 「あれの好きにさせておけ」




 どうせ言った所で聞きやしないのだから。
 彼らを困惑と共に置き去りにし、戻った部屋に投げておいた鳥のぬいぐるみを潰すように撫でる。何とも気の抜けた呆れきった笑みを浮かべた顔なんて、だぁれも知らないのである。





【題:狭い部屋】

6/4/2024, 3:32:09 PM