池多美夏人

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『手を繋いで』

「実は私、幽霊なんだ」突拍子もなく女友達がそんなことを言った。何非科学的なことを言っているんだと呆れていると、「じゃあ手を繋いでみる?」と手を差し出された。差し出された手を握ってみた。冷たかった。本当にこの世のものではないと感じるくらい冷たかった。
「これで分かってくれた?」そう聞かれて俺は首を縦に振った。なぜ俺にわざわざ伝えたのかと聞くと、
「私、今日中に成仏しなくちゃいけないんだ。でも成仏しちゃったら周りの人は私の事を忘れちゃう」
そんなの寂しいじゃんと悲しげに笑い、
「だから特別な人の印象に少しでも残ればいいなと思って貴方に伝えたんだよ」と言う。俺がなるほどと頷いていると、「……貴方に告白したつもりなんだけど伝わってるのかなぁ」と思いもよらぬ事を言われた。
俺が面食らっていると、彼女は「もう行かなきゃ」と言って立ち上がった。そして、俺の方を向き、
「もしもいつか貴方とまた会ったら、その時はもう一度手を繋いで。約束ね」と言い残して去っていった。
それから彼女は本当に成仏したようだ。周りの人には彼女は最初から居なかった事になっているようで、今や彼女の事を覚えているのは俺だけだ。ただ、最近俺の記憶も曖昧になってきている。もう彼女の顔や名前は思い出せない。それでも彼女の「手を繋いで」という言葉だけは確かに記憶に残っている。彼女との約束を果たす日まで、消えることはないだろう。

12/9/2024, 3:42:14 PM