sairo

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「平和だなぁ」

空を見上げながら呟いた。
昨日までの喧騒は聞こえない。張り詰めたような雰囲気もなく、しんと静まり返った室内は一見すれば平和と言えるのかもしれなかった。

「どうして皆、争いばかりするんだろ?」

最初はそれほど仲は悪くなかった。談笑し、時には協力し合っていたはずだった。
それなのに。

「どうして、変わっちゃったのかな」

今となっては疑問ばかりが浮かぶ。いつ、どこで変わってしまったのか。どんなに考えても分からなかった。
視線を下ろし、周囲をぐるりと見回した。誰もいなくなってしまったこの場所はとても冷たく、物寂しい影を落としている。

「一人は寂しい」

ぽつりと呟いた。言葉にして、余計に寂しくなって立ち上がる。
今度こそ。何度目かの決意をする。
ぐにゃりと足元の影が歪み、大きな鳥の形になっていく。

「今度は一気に連れてくるんじゃなくて、一人ずつにしようかな」

ゆっくりと仲良くなっていけば、争うこともなくなるはずだ。焦る必要はない。
何せ、時間はあるのだから。憎み、反抗する感情を一人ずつ取り除いて、増やしていけばいい。

「さて、どの子から連れてこようかな?」

影の鳥が大きく翼を広げた。ばさりと羽ばたいて、空高く飛んでいく。

――はずだった。


「いや、そんな軽いノリで子供たちを攫わないでほしいんだけど」

不意に呆れたような声がして、影の鳥は飛び立つことなく解けて消えてしまう。
代わりにその場にいたのは一人の少女。袖のない和服を着て、半眼でこちらを見つめていた。

「弟妹たちが騒ぐから見にきてみれば……あんたね、いくら寂しいからって、外から子供を攫ってくるのは駄目でしょうが」
「さらう……?」

首を傾げて少女を見る。
少し考えて、彼女の勘違いの原因に思い至る。
ここに来た時の様子しか知らなければ、そう見えてしまうのも無理はない。苦笑して、違うのだと首を振る。

「無理矢理じゃないよ。どこかに行きたい、消えたいって思ってる子たちを呼んでいるだけ」

今も聞こえる声に、目を細める。
いなくなりたい。ここから逃げ出したいと泣いているのに、一人は寂しいと動けないでいる。
だからなのか。ここに連れてきたばかりの子たちは皆喜んで、すぐに仲良くなっていた。時折、皆の輪に加わらず、少し離れた場所で過ごす子もいたが、誰もが心穏やかで笑顔に溢れていた。
それなのに。思い出して、無意識に眉が寄る。誰を連れてきても結末は必ず同じになることが、とても悲しくて堪らない。

「あんなに仲良くしていたのに、どうして段々互いを憎むようになるんだろう。喧嘩ばかりして、傷だらけになって、最後には嫌がっていた元の場所に戻りたがるのはどうしてなのかな」
「そんなの、当然じゃない」
「え……?」

迷いのない、はっきりとした言葉。
驚いて少女を見ると、いつの間にか少女の腕には無数の目が開いていた。

「逃げ出したいとか泣き言を言って動かないのは、ただ甘えているだけ。自分では何一つせず、誰かが目を向けて手を差し伸べてくれるのを待っているだけの軟弱者の集まりだったら、いつか破綻するのは目に見えているわ」

少女の腕の目が、皆同意するように瞬いた。
その中の一対がこちらに向けられた。真っすぐに射貫くような強さで見つめる目は、少女ととてもよく似ている。
弟妹と少女は言っていた。ならば、腕の目は彼女の弟妹のものなのだろうか。
食い入るように目を見返していれば、少女はあぁ、と小さく声を漏らし苦笑する。腕を掲げ、愛おしげに目を見つめた。

「あんたが連れてきたのは、まったくの他人だったんでしょ?なら余計に仲違いは起きるだろうね。私は弟妹とならいつまでも一緒にいられるけど、赤の他人と過ごすのは数日が限度。いくら仲良くなったって、愛情も信頼もない人間と四六時中過ごすなんてごめんだわ」
「……そうなの?」

よく、分からない。

「そうよ。私は弟妹のためなら何でもできた……姉だからっていう義務だけじゃない。小さい体で必死に私を支えようとしてくれる、愛情を感じたから頑張れたの」

ふふ、と少女は笑う。腕の目も笑っているかのように柔らかな眼差しを少女に向けている。
そこには確かに愛があるのだろう。少しだけそれを羨ましく思う。

「あぁ、そうだ」

ふと、少女が何かに気づいたかのように声を上げた。腕の目たちと見つめ合い、そしてこちらを見て告げる。

「そんなに寂しいのなら、あんたは私と来なさい」
「……え?」
「これも何かの縁だし、弟が新しく増えた所であんまり変わらないからね」

何を言われたのか、すぐに理解することができなかった。
何度か少女の言葉を繰り返す度、胸に痛みが走る。どんなに考えても、血の繋がりがない自分を弟にするという少女の言葉の意味が分からなかった。

「なんで……」
「だってほっとけないもの。皆も気になるようだしね……無理強いするつもりはないわ。決めるのはあんたよ」
「でも僕……弟じゃないのに……」

あぁ、と少女は頷き笑う。腕の目が少女を咎めるように睨み、彼女は慌ててごめんと頭を下げた。

「血の繋がりがなくても家族にはなれるわ。互いに信頼し、支え合い、愛そうとするなら、それは家族と変わらないでしょ?」
「……僕、あなたを支えられる?」

何をすれば支えることになるのかも分からないのに、彼女の弟になれるのだろうか。
ここへ連れてきた子たちのことが思い浮かぶ。こんな所に来なければと睨みつける、彼らの冷たい視線が不安を掻き立てる。

「大事なのは支えたいと思うか。信頼して愛すことができるかどうか。できるできないじゃなくて、行動するかしないかよ」

そう言われて、足が前に出た。少女の目の前で止まり、深々と頭を下げる。

「ふつつか者ですが……よろしくお願いします」

声を上げて笑われて、優しく頭を撫でられる。
差し出された手を握ると、途端に聞こえてきたのは楽しげな声たち。彼女の弟妹たちの声なのだろう。誰もが笑って受け入れてくれている。
泣きたくて仕方がなかった。ずっと求めていたものがここにある。
平和な世界。皆が笑い、争いなど一つもなく、幸せだといえるような温かさが欲しくて、与えたかった。
じわりと視界が滲み、自分の形が揺らぐ。握った手がするりと解け、小さな翼に戻ってしまう。
離れてしまうのが怖くて、必死に羽ばたいて少女の肩に止まった。囀り体を摺り寄せれば、また笑われ頭を撫でられる。

「さて、次はどこへ行こうか」

ゆっくりと歩き出す。行き先などはないのだろう。気の向く方へ、気ままに向かう。
行く先を決めない旅は、自由になった彼女たちにはとても似合っている。
楽しそうな囁き声。新参者の自分は末っ子で、皆が兄や姉と呼べ、と意気込んでいる。

「平和だねぇ」

空を見上げ、少女は穏やかに呟いた。
同じように空を見上げ、視線を下ろし辺りを見回す。
少女がいて、声が聞こえる。張りつめた空気はなく、あるのは春の陽気のような温かさだけ。
声は口を揃えて、平和だと囁いた。
それに合わせるように、ひときわ高く囀り歌った。



20260310 『愛と平和』

3/11/2026, 2:45:53 PM