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書く習慣:本日のお題「泣かないよ」

子どもの頃、泣いているとよく「泣かないよ」とたしなめられた。「泣いててもわかんないよ」とも言われた。

友達と話していて、「笑いすぎて涙出てきた」と申告することがある。「笑いすぎて泣いちゃった」とはあまり言わない。しかし、「笑い泣き」という言葉はある。

楽しくて涙が出るのは「涙が出る」で、悲しかったり悔しかったりして涙が出るのは「泣く」と表現する。どっちにも使えるシチュエーションは嬉しい時だろう。「嬉し涙」も「嬉し泣き」も聞いたことがある言葉だ。

嬉しい時に「泣く」のと、楽しい時に「涙が出る」のは、似ているようで違う。

誰かが泣いていると人は困り、なんとかしなくてはいけないと反射的に思ってしまうのだろう。だから子どもが泣いていると、ひとまず「泣かないよ」と泣き止ませようとしたり、「泣いててもわかんないよ」と原因を突き止めようとする。

大人が「泣いちゃった」と申告すると、困りごと感が出て深刻な感じがする。でも、「涙出てきた」は、あくまでも起きた現象の報告だ。

「笑いすぎて涙出てきた」は、「泣いているわけではない。涙が出るほど面白いだけだから心配しないで」という、その場がどれほど自分にとって楽しいかを申告すると同時に、相手への気遣いを含んだ表現だと思う。
単なる「涙が出てきた」と現象を報告する言葉にも、それ以上の気持ちが載っている。

子どもの頃に戻れたら、「泣かないよ」とたしなめられた時に「悔しすぎて涙出てきた」と言ってみようか。

クソガキすぎるというか、オタク構文っぽくてかなり奇妙だ。

やっぱり黙って泣いているのが子どもらしいのかもしれない。

3/17/2026, 12:50:22 PM