かたいなか

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「お題が、1周まわって戻ってきた……」
コレ、「遠くの街へ」って、俺が丁度1年前、3月1日の日中にアプリ入れて最初に書いたお題だぜ。
某所在住物書きは感慨深そうに、本日配信の通知文を見てポテチをかじった。

舞台設定を東京に、日常ネタの連載風形式を採用することで登場人物と舞台設定を使い回せるようにして、しかしそれだけでは対処できず、稲荷の不思議な狐をはじめとした「非現実」も取り入れた。
その執筆スタイルを続けて、1年である。
街はこれまで「遠くの街へ」「街」「街の明かり」「街へ」と、計4回書いた。

「1年連載風の投稿して、思ったけどさ」
過去記事を辿りながら、物書きが呟いた。
「1週間くらい前の伏線を1週間後に回収するのは可能だがな。1年前の伏線回収はツラい」
理由は過去参照方法。365個前の記事を、誰がスワイプ地獄を為してまで見ようと思うか。

――――――

2月28日、東京駅、早朝。
北へ向かう新幹線のホームまで、コロコロ、キャリーケースを押して歩く者がある。
比較的空いている平日に、有給使って2〜3日、里帰りする計画の藤森と、
主にグルメ目当てで同行する、職場の後輩である。

「私の故郷はね」
構内アナウンス、人々の話し声、雑踏、
『そういえば丁度1年前、こんな話をした』。
あと数十分で朝の混雑ピークを迎える賑わいの中で、藤森は過去をなぞるように、過去に回帰するように、ポツリ、隣であくびなどする後輩に呟いた。
「雪が酷くて、4月直前にならなければ、クロッカスも咲かなくて」
あー、はい。そんなこと、去年の今頃。
後輩も心得ており、小さく頷いている。
「今頃はまだ、妖精さんも雪の中だ」

3月1日だ。あれから、もうじき1年経つのだ。
藤森と後輩は、別に微笑し合うでもないが、1秒2秒程度、視線だけを合わせた。

「『春の妖精』でしょ」
「そう、『春の妖精』。説明は必要か」
「フクジュソウとかカタクリとか、『春の訪れ』を教えてくれるっていう花」
「そう。そして夏を待たず、土の中に帰る花だ」
「先輩のところはキクザキイチゲが多いって」
「そうだ。『追憶』が花言葉の、美しい花が」

穏やかなため息をひとつ。藤森が言った。
「『いつかおいで』と言ったのが、1年前だ」
ホームは既に一定数の客がおり、それぞれがそれぞれのドアをくぐるなり、車内で荷物を置くなり。
あるいは窓越しに乗客と見送り客とで、通話など、している若者もある。
「『遠い、何もない、花と山野草ばかりの街だけど』と。まさか本当にこうなるとは」

冬の終わりの美しさを語った「遠くの街」へ、花咲くどころか雪溶けきらぬ最低氷点下に、ふたりして。
「だって今年は暖冬で、例年より早くフキノトウが、顔出して丁度食べ頃なんでしょ」と後輩は言う。
ネイティブ都民の後輩が、体感0℃だの1桁だのを耐えて、雪の中から若草色の春まんじゅうを探し当てられるか、藤森には大きな疑問であったが、
それでも、新幹線の予約済みの座席に座って、着いたらアレしたい、コレしたいを語る後輩の目は、
純粋に、幸福そうであった。

「……おっと。なかなかタイミングの良い」
「どしたの」
「実家から速報だ。近所の土手で、フクジュソウの早起き組が一部、今日開花したと。撮影できるぞ」
「春の妖精だ!?」
「日当たり等々、条件の一番良い場所の中の、さらに一部だけ、らしいがな。それでも例年より随分、2週間程度早い。暖冬の影響だろうけれど、良かったな」
「撮らなきゃ先輩、妖精、ご利益、開運!」
「いや春の妖精にご利益のようなハナシは、多分、……でも『福』寿草なら有るのか……?」

金運上昇、悪疫退散、クソ上司総離職、容姿端麗焼肉定食。 フクジュソウの福に願う予定であろう欲望を両手で指折るネイティブ都民と、
フクジュソウ、花言葉、……一応「幸せを招く」なのか。諸願成就的なご利益は……? 黙々と真面目にスマホで調べ物などする雪国出身者。
期待と長考、双方が双方の理由でため息など吐いたところで、彼等を乗せた新幹線が発車時刻を迎える。
これから藤森とその後輩は、遠くの街へ、北の雪国へ、一路、向かうことになる。

2/28/2024, 10:58:06 AM