今日のテーマ
《君と最後に会った日》
彼女と最後に会ったのは祖母ちゃんの葬式の日。
桜の蕾が膨らみ始めた、春もまだ浅い頃。
一緒に暮らしてた俺達家族は、日に日に弱っていく祖母ちゃんを目の当たりにしていて心の準備ができていた。
亡くなった時も、もちろん悲しさや喪失感はあったけど、心構えができていた分、動揺も少なかったんだと思う。
けど、離れて暮らしていた彼女にとっては寝耳に水の出来事だったんだろう。
叔父夫婦もまだ高校生の彼女には祖母ちゃんの容態を詳しく話していなかったらしい。
棺の前で泣きじゃくりながら、休みの度に見舞いに来ればよかったと後悔の言葉を重ねていた。
彼女は小さい頃から祖母ちゃんっ子で、夏休みや冬休みはしょっちゅう家に泊まりがけで遊びに来ていた。
一人っ子の俺にとって、彼女の訪れは妹ができたみたいでとても嬉しかったし、弟しかいなくて家では姉の立場の彼女にとってもまた俺は兄のような存在だっただろうと思う。
だけどそんな交流も彼女が中学生になると同時にすっかり頻度が減ってしまった。
彼女の所属している部は県大会突破の常連校で、土日はおろか夏休みや冬休みも部活動の練習があってなかなか休めない。
たまに休みがあっても、そこは年頃らしく友人達とのつきあいを優先させるのが普通である。
小学生の頃ならまだしも、自転車でもバスを乗り継いでも20~30分かかる親戚の家に、そうそう頻繁に足を運ぶことはなくなっていた。
葬式を終え、火葬も済ませ、親族一同での食事の時も、彼女はずっと啜り泣いていた。
隣に座る叔母が宥めるように背中を叩いてやっても、反対隣に座る弟が心配そうに声をかけても、その涙は乾くことはない。
こんなことならせめて祖母ちゃんの容態を知らせておいてやれば良かったと、俺は少し離れた席から様子を窺いながら激しく後悔した。
最近は意識も混濁してることが多くて、見舞ったとしても祖母ちゃんと話せるわけでもなかったけど、それでも彼女はきっと見舞いたかっただろうし、そんな祖母ちゃんを目の当たりにしていれば俺達家族みたいに心の準備をすることが叶っただろう。
可愛い妹分をこんなにまで泣かせてしまった一因が自分にもあるんじゃないかと、そんな罪悪感に苛まれてやまない。
だから俺は、彼女達一家が帰る前に少しだけ話す時間を取らせてもらった。
「ごめんな。祖母ちゃんのこと、連絡しとけば良かった」
「ううん、お兄ちゃんが謝ることない。わたし、入院してるって聞いてたのにどんな容態なのかも聞いてなかった。お見舞いにだって行こうと思えばいつでも行けたのに……」
「部活忙しいんだろ。しょうがないって」
「それだけじゃないの……それだけじゃなかったから……お祖母ちゃん、ごめん……ごめんなさい……」
また泣き出してしまった彼女の頭を子供の頃みたいに撫でてやりながら、何となく腑に落ちた。
彼女は、たぶん祖母ちゃんを見舞いたかった。でも、それを躊躇う何かがあったんだ。
たとえば祖母ちゃんかうちの母親と些細な喧嘩をしたとか、そんな、来づらくなるようなことが。
「おまえのせいじゃないって。そんなに泣いてたら、祖母ちゃん、心配で成仏できないぞ」
「でも……ううん、そうかも……そうだね、お祖母ちゃんのためにもこんなめそめそしてちゃ駄目だよね……」
俺の言葉が響いたのか、必死で涙を堪えようとする。
その健気な様子がたまらなく愛おしくて、何だか妙にそわそわと落ち着かない気分になってきた。
最近会ってなかったから、すっかり女らしく成長していたことに今更気づいて狼狽えたのもある。
ずっと小さな妹のように思ってたのに。
いやいや、落ち着け、俺。
子供の頃から兄妹みたいに過ごしてきてたのに、その俺がいきなり女として意識し始めたなんて、そんなこと気づかれたら気持ち悪がられて引かれるのは間違いない。
こいつは妹、俺にとって可愛い妹。
でも従兄妹って結婚できるんだよな。
いや、だから、待てって! 節操を持てって、俺!
いくら彼女いない・彼女欲しいからって、そんな目で見たらこいつだって迷惑だろ!
やっと泣き止んだ彼女を叔父一家の元へ連れていって送り出し、俺は何だかひどく落ち着かない気持ちを抱いたままその後の日々を過ごすこととなった。
あれから3年の月日が流れた。
祖母ちゃんの葬式から程なく、俺は地元を出て就職した。
GWや盆暮れ正月の帰省も県を跨いでの移動が面倒で頻度は少なく、法事の時は彼女が部活の関係で来られなかったりで、結局あの日以来会ってない。
そして今日、従姉の結婚式で、久しぶりに顔を合わせた。
大学生になった彼女はもうすっかり大人の女性然としていて、着飾った姿が目に眩しい。
久しぶりの挨拶を交わした彼女から「お兄ちゃん」ではなく名前で呼ばれ、そのことが益々俺を落ち着かない気分にさせる。
この再会を機に程なく交流を再開した俺達は、それから暫く後に、彼女による猛攻を経て関係を改めることとなる。
そして、彼女が祖母ちゃんの見舞いに来れなかった理由が、俺に彼女ができたと勘違いしたことによるものだと知るのは更にその後の話。
一緒に墓参りに行った俺達を見て、きっと天国の祖母ちゃんは「やっとくっついたか」と笑っているに違いない。
6/27/2023, 4:27:51 AM