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その日の朝、薬師Jは不在だった。
そのことに早くに気づいたのは患者でもなく、町の住人でもなく、はるか遠方から出向いた盗賊Vだった。
棚の一部は書斎のようになっており、また別の棚には豪華な薬箱のようになっている彼女の部屋はいつもと違って丁寧に片付いている。
薬師のいない部屋に怪我のない客人。この場は少しばかり異質だった。
軽く呼んでみても、いないものが来るはずはなく。
仕方なく盗賊Vはそこにあった椅子に座り寛ぐことにした。
どれくらい経っただろうか、太陽が空のてっぺんから地を照らすのが窓から見てもわかる。盗賊Vはそれを眩しげに見つめていると、外が少し騒がしいことに気がついた。
立ち上がり家のドアを開けてみれば小さな野次馬たちが家の周りで騒いでいた。
なんでも、薬師の家に盗賊が入ったらしい。
面倒なことになったと髪を少しいじり、怪我人っぽく一芝居打とうとしたところで一人の女が視界に入った。
その女はまるで真昼の空が作った日陰のような表情で道をとぼとぼと歩いており、家の前まで来たところで間抜けに口をぽかんと開けた。そして盗賊Vと目が合うと、すかさず人混みをかき分けて歩いてきた。
「ああ、いらしてたんですね!」
薬師Jが芝居を始めた途端、野次馬はつまらなさそうに散り散り去っていった。

「こんなところで何してるの」
ドアを閉めた薬師の手には空の酒瓶と食べかけの料理。
ひどく酔った声で盗賊Vに問う姿は見苦しいほどに落ち込んでいた。
「…お前こそどこへ行ってたんだ」
ちょいとそこへね、薬師Jは軽いことのようにそう言った。
盗賊Vはそんな薬師に鼻で笑って言葉を返す。
「お前が外出なんて珍しいこともあるじゃないか」
「そう?…そうか。そうかも」
ポリポリとこめかみを掻く薬師の頬の紅潮がだいぶおさまっているのを見て、盗賊Vはおい、と改めて声をかける。

「飲み直すぞ」

7/25/2023, 3:45:31 AM