足音
不意に眠たくなって意識が飛んでしまいそうな時、コツコツと鳴る足音が聞こえてハッとして顔を上げる。こんな緑ばかりで寂れた町には似つかわしくない綺麗な人。よくバランスが取れているなと感心するほど高いヒールに、高そうなブランドのロゴのバッグ。綺麗に巻かれた傷みのない髪にくっきりとした目鼻立ち。身に纏っているのはシンプルなワンピースだけど、きっと私が買っている服とは桁がいくつも違うのだろう。どうしよう、こんな綺麗な人、うちのおじいちゃんとか見たらびっくりして倒れちゃうんじゃないかな…なんて思考を巡らせている間に綺麗な人は口を開いた。
「…おはよ。まだ時間前だけど、待たせちゃった?」
「ううん!大丈夫、今来たばっかり!」
嘘。本当は無意味に1時間も早く着いてしまっていた。だって彼女が故郷を訪ねているくるなんて、実家に招くなんて考えたことすらなかったし。周りにもお店が無い中でベンチでぼーっとしていたら眠くなってしまったけど、いまだに緊張は止まらない。
「嘘でしょ。あんた寝てたの窓から見えてたから。」
「うっ、ごめんなさい…」
「気遣ってくれたのは嬉しいけど、嘘はつかない約束でしょ?」
そう言って私の目を見据える彼女の顔はとても優しかった。私はやっぱり綺麗な顔だなー、なんて思いながらごめんなさいと再度謝る。
「まったく……本当ごめんね。こんなになるまで待たせちゃって。」
そっと私の黒い腕に白い手が添えられた。気がついていなかったけどこんな自然の中スプレーも振らずにぼーっとしてたから蚊にかまれていたらしい。気づかずにかいた跡が存在感を出していた。すると、彼女は肩にかけていたジャケットを私に羽織らせた。
「暑いかもだけど、我慢してくれる?」
「え、いや、いいよ!こんな高そうなやつ、私着れないよ…」
「いいの。それそんなに高くないから。」
彼女の高くないを信用してはいけない。彼女の家で冷蔵庫にあったドライフルーツをつまみ食いしちゃってバレないように買い直そうとした時のこと。いつも行くスーパーに無くて、もしやと思って高級スーパーに行ってみて見つけた。スーパーでたまに奮発して買うフルーツよりも高くてめまいがしそうだった。結局買い直して食べたことも併せて素直に謝って差し出すと、そんな申し訳なさそうにしなくても安いやつだから自由に食べていいよと笑われた。これを高くないと思う彼女の金銭感覚と、庶民の私ではやっぱり圧倒的な溝がある。そう思わせられる出来事だった。だから、このジャケットだってきっと……優しい肌触りのジャケットをそっと撫でて、この汚い道に落とさないようにしっかりと袖を通した。
8/19/2025, 10:01:23 AM