燈火

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【遠い日の記憶】


鼻の奥に染みつく、いつかの煙草の煙。
懐かしいなんて思う間もなく、あの人の顔が浮かぶ。
きっとこの世で最も人生を謳歌していた。
好きなことだけしていたから、私を残していったのね。

あの人に常識は通じなかった。
まともに食べて、寝て、勉強するのが学生の本分。
昼食にお菓子を食べながらゲームをするなんておかしい。
目の下に濃い隈が居座っているのはなぜなの。
問い詰めても「深いわけがあってな」と茶化される。

あの人はいつも私を「委員長」と呼んだ。
三年間、学級委員長をしていてお似合いだって。
そう呼ぶ人は他にいないから、声だけで誰なのかわかる。
私を呼んでおきながら「やっぱなんでもない」と言う。
あなたの笑顔に弱いこと、気づかれていたのかしら。

成人式の日、あの人はまだ十九歳でふてくされていた。
酒も煙草もできないのに何が成人だよって愚痴をこぼす。
前を歩くあの人は振り向いて、歯を見せて笑った。
「お前も十九だよな。俺が二十歳なるまで待っててよ」
初めてのお酒は一緒に飲んだ。煙草は吸わなかった。

社会人になっても、あの人はまだ「委員長」と呼んだ。
同窓会の案内も〈委員長様〉宛に送られてきた。
いっそ悪戯なのではないかと思う。
母が訝しんで捨てようとするのを止めて、封を切った。
あとで知ったが、手書きの招待状は一枚だけだった。

あの人が消える日まで、想いを告げることはなかった。
学生時代から最期まで、ずっと気の合う友達だった。
それでも、あの煙草が匂うたびに思う。
告白しておけばよかったな、って。

7/18/2023, 7:04:21 AM