「兄ちゃん、雪が降ってきたね」
「そうだね」
廃墟で暮らしていた僕たちが、雪が降ることを恐れていた僕たちが、こうして降る雪を家の中から見る時が来るなんて夢のようだった。僕たちを拾ってくれた恩人様には感謝しないといけない。
弟は窓ガラスに鼻がくっつくほど熱心に外を眺めている。雪に触ってみたいと前から言っていたけれど今年は出来るだろう。
……この子は理解しているのだろうか。雪が降ってきたということは、あのスラム街にも冬がやってきたことを。頼りないシートを使って寒さに耐える人がいることも。
僕たちはたまたま運が良かっただけで、この雪で苦しむ人がいることも、知っているのだろうか。
「また、お兄ちゃんは何か小難しいことを考えているね?」
後ろから両肩に手をぽん、と置かれた。思わず振り返ると、僕たちを拾った恩人様がニコニコ笑って立っていた。背の高い人が怖いのか弟はまだこの人のことに慣れないようで、窓から離れて僕の袖をぎゅっと握って背中に隠れた。
「雪が降っているんだね。今日は冷えそうだ」
「はい。たくさん、降っています」
「へえ! それは良いね。僕は雪が積もった景色が大好きだよ。出張で別の国に行った時に見たんだ。辺り一面が真っ白になって、いつも見ている景色が見えなくなった。本当に面白い経験だったよ」
話しながら、恩人様も窓に近付いて外を見た。雪はまだ降っていて、真っ暗な空から落ちる白い塊がよく見えた。
「でもここは比較的温暖だから、あれくらい積もることはほとんど無いんだよね。せいぜい靴底が埋まる程度だよ。いつか君たちにも、本物の雪景色を見せてあげたいな」
弟は早々に寝てしまった。あたたかい毛布と柔らかいベッドの中で安心した顔で眠っている。
考えることや思うところはあるけれど、弟が雪を楽しみにしているなら僕はそれで満足だ。いつか、こうやって溶けて水になる雪じゃなくて、今日聞いたような積もった雪も見せてあげたい。
雪はまだ降っていた。僕も眠ろうとして、隣にいる弟を抱きしめた。
お題:雪を待つ
12/16/2023, 9:04:15 AM