「ぷっりんぷりん~うれしいな~」
僕たちのすぐ横を、母親に手を引かれた子供が通り過ぎていく。
「あれは将来大物歌手になるぞぉ」
なんて軽率なことを言って笑う君は、まさにその「大物歌手」なのだった。
【歌の定義】
「歌っていうか……ただ嬉しい気持ちを口に出してただけって感じがするけどね」
確かにところどころ節がついてはいたが、多分本人も歌っているつもりはなかったんじゃないかと思う。
「ええ、でも、そしたらどこからが『歌』なの?」
「そういうのは、歌手の君の方が詳しいんじゃない?」
「知れば知るほどわかんなくなることって、あるじゃん」
「何それ、なぞなぞ?」
「なぞなぞではないよ」
ぴしりと突っ込みを入れてから、君は何かを思案する顔になる。
「私が思うに、この世に歌じゃない音なんてないんじゃないかな」
「……つまり?」
「風が木々を揺らす音も歌。幼い子供の足音も歌。君が私の耳元でささやく、『好きだよ』って言葉も、歌。私にとっての歌って、世界を輝かせてくれるものだから」
彼女らしい答えだなあ、と思う。素敵な答えだなあ、と思う。……受け入れがたいな、と、思う。
「……じゃあ、君が僕に言う『好きだよ』も歌なの?」
「そうだね」
「君の歌は、みんなのものなのに?」
大物歌手である彼女の歌を、世界中の人が求めている。君の表情や感情を独り占めできても、歌だけはそうできない。
「なあに、拗ねてるの?」
くすくす、歌うような響きで、君は笑う。
「知ってる? ラブソングって、世界中の人に聴かれて、愛されても、みんなのものにはならないんだよ」
君が、僕の耳に顔を寄せる。
「私の歌はみんなのものだけど、ラブソングだけは、君が独り占めしていいんだよ」
世界で一番美しいラブソングが、響く。
5/25/2025, 8:53:56 AM