『カラフル』
いちごは赤ければ赤いほどおいしいらしい。
そう言ったのは祖母だった。スーパーの果物売り場で、白いところの残った実をパックの隅に指でよけながら、「これはだめ」とだけ言った。説明はなかった。私は膝の高さで、うなずいた。
それから長いあいだ、色の濃いものを選ぶようになった。
トマトも、リンゴも、秋の写真も。迷いなく赤いものが正解で、曖昧な色は未熟のしるしだと思っていた。根拠というより、受け継いだ直感として。正しいかどうかを疑う前に、体がそう動くようになっていた。
転機は些細だった。
ある冬、温室育ちの苺を食べた。まだ白かった。色づきの足りない、祖母なら選ばないやつだ。ひとくち噛んだとき、思いがけなく甘かった。甘くて、少し酸っぱくて、温室の湿気みたいな何かがまだついていた。正しいとも、正しくないとも言えない甘さだった。言葉にしようとすると、するりと逃げていく。
そのあと私は、なんとなくパックの底のほうを選ぶようになった。日光が当たりすぎて少し柔らかくなったやつ、完璧な赤じゃないやつ。おいしいこともあるし、外れることもある。どちらの場合も、なぜか気分は悪くない。
祖母はもう果物売り場に来ない。私がひとりで選んでいる。赤くて、白くて、柔らかくて、少し傷んでいるやつを。それをカラフルと呼ぶのかどうか、まだわからないけれど、手のなかに収まるときの重さは、毎回少しちがう。
5/1/2026, 2:00:04 PM