紅茶の香り
退職祝いに紅茶を頂いた。
ふらふらの状態でなんとか暗い自宅まで辿り着き、ようやく一息ついて頂いた紅茶の缶を見る。
このようなものとはとんと縁がない。
困り果てる。
とりあえず開けてみる。
缶の上を止めている明るい色のテープを爪でカリカリと剥がし、封を切る。
乾燥ひじきだ、乾燥ひじきじゃないか?
てっきりティーバッグが詰まってるものと思っていた。動揺する。久しぶりに見た、いい紅茶だ。いい紅茶は缶に直に詰まっている。そうだ。
キッチンをはっと振り返る、全く生活感のないそこに何かあったっけ。何か紅茶を淹れるための器具が。
茶漉しなんてものはない、最後に見たのは実家かな、給湯室にすら縁がなかったし。
とりあえずヤカンを火にかけてしまう。まずお湯が必要だ。お湯が沸くまで数分。
何を入れているか定かではない引き出しを開けてみる、なぜか入ってる電池、輪ゴム、ピーラー、役に立つものなどここにはない。戸棚を開ける。水切り用のネット、新品。漉せる、これは漉せるがさすがにどうなのか。ギリギリアウトというやつではないだろうか。
スマホをサッとタップする。
紅茶 茶漉し ない
上から検索結果をさっと流し見る。
ザル、それだ。ザルならある。なんだかんだほとんど使っていないし。穴も茶葉が逃げていくほどの大きさではない、はず。やってみないと分からないけど。
適当なマグカップの上にザルを置いてみる、だめですね。自分の不器用さでは大惨事。
これならと置きっぱなしのミルクパンの上にセット。フィット、いいじゃないですか。適当なスプーンでざっと茶葉をザルに入れる、とりあえず二杯ほど。目分量、職場からの頂き物だ、豪快に行こう。
ヤカンで沸かしていたお湯もちょうど良さそう、底の方にある茶葉の上目掛けてお湯を注いで、勢いよく注いでは良くないのでは?と止まる。素通りしたお湯を飲む羽目になるところだった。少しづつ慎重に、お湯をまわしかけていく。茶葉ごと煮てザルにあけた方が良かったのかも。要検討だ。
だんだんと狭い部屋に暖かい紅茶の香りが立ち込めていく気がする。
ミルクパンからこぼさないようにマグカップへと紅茶をそそぐ。完成だ。多分。
そういえばまだカーテンも閉めていなかった。
せまいダイニングの椅子にこしかけてぼんやり外を眺めながらゆっくりと啜る。美味しい。
そうだ、明日はゆっくり起きて紅茶を淹れる何か、何かを買いに行こう。
やっと、肩の力が抜けた気がした。
10/28/2024, 10:26:36 AM