名無し

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一年後


雷が落ちた。
数日前から雨が続き、本格的な梅雨を感じさせる一週間だった。大雨に降られるという、営業職である俺にとっては気落ちする毎日だったが、ようやく、今日は華の金曜日である。
いつも通りの満員電車に揺られ、やっとの思いで家に着き、腹を空かせた愛猫を抱きかかえた時だった。

とても大きな音だった。
カーテンは閉めていたから光までは見ていないが、この音ならかなり近くに落ちたのではないだろうか。ああ、マイ…我が愛しの猫は驚いてはいないだろうか。
驚き丸くしていた目を手元に向ける。
杞憂だったようだ。腕の中でリラックスし、手に擦り寄りながら、飯はまだかと大声で催促してくる。とりあえず、マイに飯を与えてから考えようか。

マイがカリカリと飯を食べる音を聞きながら、自分の食事を用意する。
今日は少し肌寒い日だったから、久しぶりに鍋でも食べようか。それはそれで少し暑くなるかも。まあ、準備も面倒だし、鍋くらいが丁度いいかな。
そう思い、好物のキムチ鍋を作る。
作ると言っても、具材を入れて鍋の素を入れるだけのお手軽レシピ。野菜も沢山入れる。働き始めてからは肉よりも野菜が食べたくなったのだ。これも年のせいなのだろうか。少し悲しいが、成長したということで納得しよう。

テレビをつけながら夕飯を食べる。
アルコールがあまり好きではないから、晩酌ではないけれど、冷たい麦茶を飲みながら鍋をつつく。
やっぱり、食事のときは麦茶に限るな。鍋で熱くなった体に染み渡る。一人きりなのも良い。好きなタイミングで、直接鍋に箸を入れて、そのまま食べる。子供の頃のように親に小言を言われることもない、のんびりとした食事だ。
ゆったりとした空気の中で、少しばかり感慨に浸る。
こういった時間が好きでたまらないのだと、誰に言うでもなく思いを馳せた。

ふと気になってテレビを見ると、「1年後の自分や周りの環境などはどうなっていると思う?」というテーマの番組が流れていた。
この時間のテレビ番組は、ニュースでもなく決まった流れでもなく、日によって気儘に見ることが出来るから、意外と気に入っているのだ。
芸能人達の話や街頭インタビューの結果では、もっと有名になるだとか、何かを成し遂げるだとか、大きな変化を望んでいる人が多かった。
声に出しはしないが、少し自分でも考えてみる。

まず……たった1年で自分自身は変わらないだろうな…ああでも、猫にとっての1年は長いから、それはどうだろう。マイは元気で居てくれるだろうか……新しく家族を迎え入れるのもいいな。マイに寂しい思いをさせている自覚はあるからなぁ…………仕事も、今よりは忙しくないといいけど。これに関しては慣れもあるし、適度に頑張りたいな。
昇進とかはしたくないし、…ああ、親には結婚とかも促されてるんだっけ、余裕ないんだけどなぁ。彼女欲しいとも思わないし…それこそ、マイが居てくれたら十分過ぎるんだもんなぁ〜。

考えてみてびっくりした。
自分にはここまで上に行きたいという欲がないのか。決して控えめすぎるような性格ではないと自負しているが、ここまで承認欲求もないような人間だっただろうか。あまりにも猫が第一優先すぎる。
まあ、それで楽しい人生だからいいよな……
そう思いつつ、最後にこう締めくくることにした。

「1年後も、こうやってのんびりご飯食べながら、マイをナデナデ出来てれば、十二分だね」

5/14/2026, 8:18:19 AM