燈火

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【夜の海】


血の繋がらない父親に嫌われている。
だって、僕のやる事なす事ダメ出しばかり。
口を開けば、甘えるな、迷惑をかけるなと叱られる。
ついに我慢ができなくなって、夜の町に飛び出した。

とにかく遠くへ行きたくて、家から離れるように走る。
ほとんど街灯のない夜道は暗く、少しだけ怖い。
無我夢中で走っていたら波の音が聞こえてきた。
家の近くに海はない。それなりに遠くまで来たみたいだ。

防潮堤に座って、眼下に広がる砂浜と海を眺めた。
どこまでが海で、どこからが空か。境界が曖昧になる。
波の音だけが脳内を支配して、なんだか冷静になれた。
ぼんやり思うのは、帰り道がわからないってこと。

必死に走っていたから、まっすぐ来たことは覚えている。
でも周囲を見る余裕などなくて、正しいか自信がない。
諦めてまた眺める。直後、背後から声をかけられた。
「こんばんは。君も夜ふかしさん?」明らかに年上の人。

「若く見えるけどいくつかな?」彼女が隣に腰を下ろす。
僕は答えない。中学生が夜に出歩くのは良くないこと。
「あんまり遅い時間だと補導されちゃうよ」
その声色は、叱責より心配であるように感じられる。

初対面で名前も知らない彼女に、不思議と気が緩んだ。
「……いい」「うん?」「補導されてもいい、別に」
どうせ今から帰っても父親が怒るのは変わらない。
「じゃあ帰りたくなるまで一緒にお話しようか」

きっとこの世で一番無駄で、だけど楽しい時間だった。
話し疲れた頃、「さて」と彼女は立ち上がって言った。
「そろそろお姉さんは帰るけど、君はどうする?」
まだ話していたいけど。「帰ります」僕も立ち上がった。

8/16/2023, 6:39:29 AM