「スリル」
バンという勢いよく放たれた解放とともにある人物がこちらに近ずき話しかけてくる。
「友人だったやつがこういうんだ。リスクなんか取らなくていいって」
そう突然言い始めたのは長身の女性。きめ細やかな髪を肩まで伸ばし、その肌にはシミひとつ見当無い。ただ体調でも悪いのだろうか、雰囲気に違和感があり、鋭い目の下にはクマが着いている美女。
僕の先輩である。
「はぁ」
「でもそれっておかしなことだとは思わないか」
全くもって意味不明である。いや確かに彼女は中学時代からの先輩であり、何度も助けられたことのある人だ。雑談の一つや二つ交わしたとて日常の一欠片に過ぎない。
問題なのは......
「ここ、男子トイレですよ?」
「そうだが?」
「しかも授業中」
「そうだが?」
そうだがじゃないが?
ダメだこの人話が通じていない。目が完全に浮浪者のそれである。
積もる疑問と困惑、一端の静寂をかき消したのはまたしても先輩だった。
「私は頭脳明晰スポーツ万能だ。生まれてこの方1番以外を知らない天才美少女だ。スリルの一つや二つあった方が人生も豊かになると思わないかい?」
「......」
絶句だ。もはや声も出ない。さっきから一体何の話をしているんだ。ここトイレだぞ、踏ん張る場所だぞ。相談はカウンセラーに行ってこいよ。
「確かに平穏な人生もいいだろう。穏やかで何よりも得がたいものだと思う。しかしだ、その一方で山あり谷ありのハラハラドキドキ感それが......」
「いやいや、待ってください!まず状況が意味不明です。今授業中で男子トイレでしかも僕ズボンおろしてるんですよ!」
と僕は声を荒らげた。
先輩は少しキョトンとした顔を見せたあと、じっと僕のやせ細った体を見つめる。ホントなんなんだよコレ。通報した方がいいのか?
「......確かにそうかもな」
なんだよそうかもなって、通報より救急か?
「あの...何か僕やらかしましたっけ」
振り返ってみると、ここ数日の先輩はおかしい。出会った時も変な人ではあったがここまで話の通じない人ではなかった。
「〜〜♩」
目を逸らし僕の視線から逃げるように口笛を吹く。
うっっま部族かよ。どうやって口笛でビブラート出してんだ。
「先輩」
「......わかった悪かったよ」
分が悪いと悟ったのか観念したかのようにつぶやき出ていこうとする。
「待ってください」
「?」
いやそんな、何も知らない童女みたいな瞳で見られても無理だから見逃せないから。
「なにか、話をしたくて思わずここに来たそうでしょう?」
「うぐ......」
「何か衝撃的で動かずにはいられない、忘れずにはいられない、そんな命の危機に襲われるような.......」
そこでハッとしたように思い出す。たった一つだけ思い当たる事象。目の前にいるこの人が知るはずがない事。
「聞いたんだ。君の寿命のこと。」
そうかやはり
「知ってたんですか僕の病気」
慢性的過換気肺疾患。主にタバコや大気汚染、遺伝子などで発病する死の病。治療法はなく対処療法しかない。悪化したが最後じわじわと死神の鎌が近ずいてくるということだ。
「君の叔母さんからね」
「......」
「やっぱり君の親父さん、あの時刺しとくんだった」
「いいんですよ。終わったことです」
あの時と言うのは多分お父さんの虐待から僕を助けてくれた時のことだろう。
「余命4年なんだって?」
「......多く見積ってですけどね」
「きっと治るさ、治療法だって4年あれば見つかるだから」
掠れるような声でそう言われた。切望しているような絶望しているようなそんな声。
「僕の場合既にステージ3。遅らせる術はあれど無くすことはできません。」
「......」
だから嫌だったんだ。このことを話すのは。こんな先輩の顔二度とみたくなかったのに。
「先輩僕は......」
「いやだ、別れたりなんかしない!あの時のキスを無かったことになんかしない!」
そういい僕に抱きつく、今にも泣きそうな顔をして。
僕はどうすればよかったのだろうかあの時あの助けてくれた優しい手をはたけばよかったのか。僕にはわからない。やしさしくも寂しそうな抱擁を解きながら僕は決心した。これが正しい選択なのかは知らない。
「きっと僕は近いうちに死ぬ。優しい優しい先輩のことです。堂々としているようでどこか繊細なあなたは痛く苦しむことになるでしょう。」
「......」
「それでも僕のこと最後まで好きでいてくれますか?」
「あぁ、もちろんだ」
「ありがとう」
「言っただろう?私はリスクが好きなんだ」
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追記
最後がやりたかっただけ。リスクという文字を見た時に思いついたのがこれ。正直書いてて意味不明だった
11/12/2024, 1:34:45 PM