Lotus**

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【胸の鼓動】


…なんだろう?あの水筒は…
夜、通り道のマンションの前にたたずむ救急車。エンジンはかかっているが、ふしぎなほど静かだ。野次馬はいない。音と赤色灯に集まってきていた人々が散ってから、おそらくずいぶん時間が経ったようだ。住宅街の暗闇に、不気味なほど冷静に停まっている。
そのすぐ後方の道路に、小学生の水筒が、とん、と立ててあるのを見つけたので、ふと立ち止まったのだ。
コンクリートの上、白線のちかくに置かれることのあまりない物だ。気になって、ふらりと寄る。近づくにつれ、てっぺんにお名前シールが貼ってあるのが見えてくる。立ったままで覗き込む。
「え?」
知っている子どもの名前が、ひらがなで読み取れた。
コンクリートの道路にしゃがんで、なんども読み直す。まちがいない。友人の息子の名前だ。
「え?」
思わず救急車を見あげる。人の気配のない救急車の後ろ姿。機械音ともエンジン音ともつかない響きと、暗闇の中でただひかり続ける赤色灯。
…だめだ、これは、よくない。よくない気がする。
その友人に電話をかけようとゆっくりとスマホをとりだす。
名前、なまえ、なんだっけ、電話番号知ってたっけ、あ、アプリから、アプリの登録名は…
おちつけ、おちつけ、と自分に言い聞かせる。
「どうしたの?!」友人のおどろいた声。
「ひさしぶり。ねぇ、息子くん、どうしてる?」
なるべく平静を装って話す。
「え、息子?息子はいま家にいるよ」困惑した声。
「あ、あ、ほんと…?」
とりあえず呼吸を整えた。
「今、道端で息子くんの水筒拾ったから」
「え?!なん、え、ちょっと待って、聞いてみる」
「…」
「水筒どこやったか聞いたら『わからない』って」
「そんなことある?」と笑えてくる。
「そのあたりに行ったのは間違いないみたい、でも水筒置いてきてるなんて、しかも道端」友人の声は、信じられないという風に憤慨している。
私は笑っている。

水筒を、たまたま道路にただ置いて、そのまま忘れて帰ってきて、救急車がそのすぐそばに停まっているのを母親の友人が見つける、なんてことが、子どもの世界には時々起きる。
時々ではなく、しょっちゅう起こるお宅もある。
事実は小説よりも奇なり、はまさにすぐ隣にある。

血圧下がったわ

9/8/2024, 12:15:43 PM