午前四時。
朝と夜が曖昧なこの時間帯、僕は毎日散歩をしている。
季節によって差はあるが、とにかく夜明け前の空気は驚くほど澄んでいて、普段いかに淀んだ空気の中で生活しているのかを思い知らされる。
ルートはいつも変えることはなく、自宅を出たら真っ直ぐに海岸を目指して歩く。
「毎日毎日、ご苦労様。一緒に?うーん、まあそのうち…行けたら行くかな」
行けたら行くは、行く気がないって相場が決まっているものだと僕が返すと、妻はにやりと微笑んでいた。
僕が、なんとなくこの散歩を日課にすると決めた頃、妻は間違いなく続かないと思っていたようだった。
そんな彼女の予想を裏切り、僕はすでに二年もの間、この日課を継続していた。
「海は私も好きなんだけど、わざわざそんな早朝だか夜中だかわかんない時間から行く必要あるの?」
運が良ければとてもいいものが見れる。だから、この時間に行く必要はある、と僕は思っている。
散歩を始めた頃と今とでは、色んなことが変わってしまったのだけれど、その部分だけは僕の中で揺らいではいない。
気づくと目的地が見えてきた。徐々に、人や車が道を往来し、空が明るくなる兆候を見せている。
あとは少し坂道を登り、トンネルをひとつ抜けたら海岸が見えるはずだ。
「別に、夜更かししても早起きしても散歩してもいいけどさ、ちゃんとご飯食べて…私より長生きしてね。お願いだから」
一度、体調不良でも散歩をやめなかった僕を心配した妻に懇願されたことがある。子供扱いしないでくれよと、その時は軽く返していたものだった。
トンネルを抜けた時、光が差し込んだ。
今日は運が良かったみたいだと、水平線の向こうから顔を出す光源に目を細めながら呟いた。
僕はこの美しい光景に出会う為、毎日歩いている。
行けたら行くと言った君と、一緒にこの場所に来る機会を、僕は一生失ってしまった。
陽の光に照らされていながらも、僕はまだ暗がりの中で歩き続けている。
#暗がりの中で
10/28/2022, 11:11:28 AM