薄墨

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雪は汚いものを隠してくれる。
濁った水たまりも、腐った道草も、放り出された犬のフンも、捨て置かれたベタベタの空き缶も。

白くて冷たくて重い雪で、全てを覆い隠してくれる。
汚い地面を、ふわふわな純白で覆ってくれる。
見窄らしい木と枝と土だけが跋扈する冬を、幻想的な冬に変えるのはいつだって雪だ。

だから、私は雪を待っていた。
灰色の雲を睨みつけて。
重苦しい鈍い灰色の空から、真っ白いふわふわの雪が降るのを待っていた。

汚いものを隠してくれるから。
春がくるまで、冷たい雪の中に凍らせて、閉じ込めて、ずっと隠してくれるから。雪は。

山奥の、この道端で。
私は、私を覆い隠してくれる雪を待つ。

私は醜い。
ある日、醜くなってしまった。

顔は茶色く引き攣り、四肢は弛んで長細く伸び、指は鋭い爪に支配された。
ふかふかの綿のような内毛と、ゴワゴワと猛獣らしい茶色い外毛が絡み合って、埃と毛玉の塊のように思える。
足はゴツゴツと大きくて、水も氷も冷たくない。

血も、猛獣も怖くない。
お腹が減る。何か生き物を貪り食べる。
喉が渇く。何かの血を飲み下す。

私はバケモノになってしまった。
どくどくと脈打つ臓器と、生暖かくぬるりと流れる血液とで、生きていこうとするバケモノになってしまった。

腕や爪には、まだ赤いドロリとしたものが絡みついている。
口や頬には、屑が引っかかっている。

私は醜いバケモノだった。
食欲にうなされて、何かにかまわず、生き物を喰らおうとする醜いバケモノ。

私は、そんな私が嫌だった。
見たくない。
殺したくない。

だから、私はここへ来た。
飢えを必死に押さえつけて。
獰猛に牙を向く唇をかみしめて。

雪なら私を覆い隠してくれるだろう。
醜いあれやこれやを全て飲み込んでしまう雪なら。
雪で包まれれば、まだマシな美しい死体になれるだろう。
水で膨れることも、酸化して真っ黒になることもなく、雪と氷に閉じ込められるのだから。

だから私は雪を待つ。
誰もいない、金属血と呼ばれる、山の奥深くで。
雪を待つ。
全てを覆い隠してしまうような、白い白い雪を。

灰色くにごった厚い雲を見上げる。
冷たい風が、頬の茶色い毛を跳ね上げる。

空は沈黙していた。
私は、雪を待つ。

12/15/2024, 2:36:51 PM