青と紫

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それは夕暮れ時だった。

空は夕日に染まり、紅色や山吹色、水色が混ざったよう

な色合いをしていた。

板前見習いの銀次は、お使い先の豆腐屋から帰るところ

だった。

料亭への帰り道、大きい石橋に差し掛かった頃、周囲の

どよめきに気がついた。

向かいから女が歩いてくる。綺麗な着物を着、笠をかぶ

った女だ。時間帯もあり、俯いているのもあって、顔は

よく見えない。だが、歩き方は上品で高い教育を受け

ていると分かる。

そして、周りをどよめかせる1番の原因は、女の纏う

雰囲気だった。一歩一歩踏みしめるように歩く姿は、

華奢な身体に似合わぬ威厳が、真っ直ぐ伸びた姿勢

からは凛とした美しさが、少し微笑っている口元には

妖艶さが、恐ろしいほど滲み出ていた。

銀次は女から目が離せない。見てはいけないものの

ような気がするが、誘惑されるように、自らの欲望の

ままに、貪るように女を見る。

歩くのも忘れ、突っ立っている銀次に、女が少しずつ

近づいてくる。

銀次は動けない。

十尺、

五尺、

一尺…

女は銀次の横を通り過ぎていく…。

歩きながら女は笠を少し上げ、銀次に囁いた。

「私は黄昏。会いたかったら天津屋においで。」

黄昏は風のように銀次のよこを吹いていった。

銀次の脳裡に、垣間見た黄昏の顔が焼き付いた。

誰をも惑わせる、妖しく美しい顔だった。




夕暮れ、店を離れ良い男に声を掛ける…。

天津屋、黄昏の新しい客を得る秘技であった。



彼は誰時、黄昏と名乗る美女に会ったら身の終わり

誰かわからないまま魅入られてしまったらもう遅い。

彼女という深い沼に堕ちて、この世で1番の悦楽と地獄

を見てしまう。

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たそがれ

「私は黄昏」

10/2/2023, 10:27:47 AM